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2023年2月24日(金)雨鶏/ベター・コール・ソウルほか

◯2023年今後の予定 03/09木 WBC(~3/22) 07/14金 君たちはどう生きるか(宮崎駿) 07/22土 サッカー女子W杯 08/25金 バスケW杯(~9/10)※日本/フィリピン/インドネシア共催 09/08金 ラグビーW杯(~10/28)※フランス ◯芦原すなお「雨鶏」ヴィレッジビックス 過去に少なくとも3回は読んでいる大好きな本だが、例によって、具体的な内容は殆んど覚えていない。覚えているのは、貧乏な大学生の安アパートに友人が遊びに来てわちゃわちゃするという印象だけ。 芦原すなおが20歳なる年である1969年の夏から始まる全9話の連作短編。 雑誌連載開始の94年は45歳になる年。 45歳と言えば、僕の場合は、青春の残滓も消えてぼんやりと老いを感じ始めた頃。多分全9話大きな事件は起こらず、いきなり訪ねてきた友人と安酒場や部屋で飲む。青春から遠ざかる程に染みる。 ①壁の花  神戸から来た高校時代の友人と赤坂プリンスのパーティーに行く話 P10地の文「時間は無限にあった。その感覚が愉快だった。夏は始まったばかりなのだ」大学2年か大学3年の夏には僕もこんな感覚を味わっていた。はるか昔だが先週の事のように思い出せるあの頃。その5年程前、中学2年の1学期が始まったばかりの頃(始業式の日だったかもしれない)、 英語が得意なショートカットのクラスメイトのS.Yが、放課後、黒板に「Youth comes but once.」と書いて、「私が好きな言葉。意味判る?」と訊かれたが、 Youthの意味が判らなかった。「青春は二度と来ない」という意味を真に実感したのは、青春が本当に終わってしまった後だった。 ②エキストラ  友人と一緒にドラマのエキストラに参加する話 P62助監督イケちゃんの台詞「どうせ絵空事なんだよ。イリュージョンなんだ。人生自体がそうじゃないか」イリュージョンのど真ん中(青春)にいる時はそのイリュージョンに気づけず、そのイリュージョンがいつまでも続くように感じている。石上の美人の妹初登場。 ③雨鶏 女の子にフラれた友人が鶏を持って雨の中を歩いてくる話 表題作。毎回捨て身で登場する愛すべき友人(安根)が喫茶店の女の子を誘うがドタキャンされる。石上の美人の妹あーちんが部屋に来る。金持ちの友人の美人の妹がなぜか主人公に優しく接近してくる、と...

2023年2月23日(木)野球/七時間半/ベター・コール・ソウル/ドラクエほか

2023年2月23日(木) ◯プロ野球 今日からオープン戦。仕事しながらスワローズvsジャイアンツをチラ見。巨人の2年目左腕代木が元山に頭部死球。側頭部に当たったように見えた。元山は頭部を固定されて担架で退場。打撲・脳震盪で済めば良いのだが…。ジャイアンツの新外国人ブリンソンが本塁打。2安打のルーキー門脇はパワフルな脇谷な印象、内野手で背番号35は珍しい。 ◯獅子文六「七時間半」ちくま文庫 風俗小説、大衆小説の教科書のような作品。特別な事は何も起こらないが、キャラの書き分けと、舞台となる急行列車のごとくどんどん進むストーリーですらすら読める。 ◯ベター・コール・ソウル 昨日からシーズン3。#2にガスが登場。演者の加齢問題、ブレイキング・バッド時点で相当トシだったのでマイクはそうでもないがソウルとガスはキツい。特に顔のたるみやほうれい線。いずれはデジタル処理で簡単に若返らせる事ができるようになったりするのだろうか。 ◯radiko 今月初頭後にメジャーアップデートされたradikoのアプリ、僕の環境では、毎日呆れるほどの回数落ちるor固まる。アプデ以前はドラクエウォークと併用して使っても落ちるのは1日に1回あるかないかだったのに、アプデ後は、どちらも頻繁に落ちる。 ◯ドラクエウォーク 現状のアンコール戦法では古代の遺跡は全く歯が立たず、行動停止戦法もすばやさ不足で使えないので、ニンジャ育成を中断して2人目の大神官を育成しているが、現状はスパ70賢者56。無課金で経験の玊も月曜日のメタルにおいぶくろ以外は使ってないので相当先は長そう。13章は敵によっては4パンでも難しいので12-10を周回。 基本:ゴドハン50/大神官46/大魔道士46/ニンジャ37   強敵:ゴドハン50/大神官46/大魔道士46/スパスタ70 ※武神の豪拳/ウロボロス 育成:大神官51/大魔道士43/スパスタ62/賢者56/ ◯体調 仕事が一段落したら近所を散歩するつもりだったが、室温25℃なのに微妙な寒気を感じるので取りやめて、夕方数時間ベッドで休む。3年前の新型コロナモード以降、以前にも増して、少しでも体調に異変を感じた時は外出は控えてすぐに休息を取るようにしている。全員が僕のようにふるまえば、人から人に伝染る病気が流行する確率は大幅に下がると思うが、毎日人に会う予定を入れるような活動的な人には...

乾くるみ「イニシエーション・ラブ」読書メモ

乾くるみ「イニシエーション・ラブ」文春文庫 2007年 随分前に映画を見て、前半/後半で大きな仕掛けがあるのは覚えていたが、その仕掛けが何だったかは忘れていた。予備知識ゼロで読んだとしても、sideA/sideBと明確に区切っているし、鈴木の性格が相当に違う感じなので、同じ名字と愛称だが別人、という疑惑はsideBの前半で普通に湧いてきそう。この疑惑を抱かせない為には、sideAの終わりの方に、僕の人生は初交際・初体験によってまるでカセットテープをひっくり返すように180度変わった、という一文があってもよかった。sideBのかなり早い段階に本屋に行かずにパチンコ屋で時間をつぶすくだりで疑惑は相当高まり、海水浴のくだりと、ハードカバーの本のくだりで、普通の読み手なら仕掛けに気付けると思う。 そもそもsideAの時点で、交際開始後にお互いひとり暮らしで週に1回しか会わないのは非常に不自然。普通なら通い同棲になる。 この話で一番興味深いのは二股をかけて同じニックネームで呼ぶ繭子の心理。 中絶した子供の父親が本当にsideBの鈴木なのかどうかも明確に描かれない。 CD(ランダム再生)時系列バラバラの繭子編をこれはどっち? と推理しながら読みたい。 もうひとりの鈴木(たっくん)がいたという展開も作れそう。 sideBの冒頭、鈴木がやたらと食欲がないのは何だったんだろう? 遠距離恋愛のストレス? P197の石丸さんの台詞「……一緒にご飯を食べる同期の子たちが休みだもんで……」、 東京出身と思われる石丸さんが「だもんで」を使っている理由を推理。 ①作者(静岡出身)が「だもんで」は中部地方の方言と気づかずに使用 ②作者は「だもんで」は中部地方の方言と知っているが、気にいっているので、全国的に流行らせたいと思ってあえて使っている ③石丸さんの親は実は中部地方出身 男性目線の性描写が結構リアルだな、と思ったら、女性みたいなペンネームだが男性。 80年代に青春を過ごしたので、連絡手段が電話のみ、という時代の青春恋愛小説として、仮に仕掛けがない普通の展開だったとしても、そこそこ普通に楽しめたと思う。もう少し当時ならではのムードがあれば更に良かった。 --------------------------- Netflixで映画を再見。 同じ役者が二役演じていた記憶していたが、それは間違いで、...

村上春樹「女のいない男たち」読書メモ

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村上春樹「女のいない男たち」文春文庫 読書メモ 映画「ドライブ・マイ・カー」は、同名の短編から人物配置、「シェエラザード」からエッセンス(セックスの後にストーリーを語る話)を借りて、多言語による演劇という要素を足して相当豊かに膨らませている。大きな違いは妻の死に方。原作は病気でゆっくりと最期を迎えるが、映画は突然死。 映画では主人公・家福は妻の浮気現場を目撃するが、原作は現場を見たわけではないのに浮気を確信している。文章を素直に解釈すれば、これは家福がそう思っているだけでそうとは限らない、という事になると思うのだが、それとも、この小説は一見一人称的三人称で書かれているが実は神視点である、と解釈するべきなのだろうか? 「ねじまき鳥…」にも、尾行している相手の顔の表情が見えるかのような描写があったと記憶するが、この書き方は毎回解釈に悩む部分。とはいえ、仮に明確に現場を目撃した、という描写があっても、自分でも気づかない深層心理による幻視かもしれないし、仮に妻が告白したとしても妻がウソを言っているかもしれない。明確な神視点文体で書かれた明確な客観描写でない限り、全ては不明確ではある、という解釈も可能。 一番楽しめた作品は「イエスタデイ」。 彼女とのデートでもっとイロイロ進展するバージョンを夢想。 「木野」は村上春樹の一連の長編の別バージョン(日常のすぐ隣に闇の世界がある)。 安定した面白さだが、ここからどんどん話が続く長編を読みたくなる。 単行本書き下ろしの「女のいない男たち」の延々と続く言葉遊び。 若い頃はこういう作品も嫌いではなかった気がするのだが……。 村上春樹プロフィール

敷村良子「がんばっていきまっしょい」読書メモ

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敷村良子「がんばっていきまっしょい」幻冬舎文庫(2005年発行) ※マガジンハウス版単行本は1996年発行 読書メモによると、2000年にマガジンハウス版を読んでいるが、映画を見た直後に読んだせいか、あまり良い印象を持たなかった事しか覚えていない。 読書メモには「映画に比べて全然キャラが立ってない。映画(の脚本)の方が全然良い。 なんか日記みたい」と書いてあるが、そんな感想を持った事自体が忘却の彼方。21年前は映画の印象が強すぎて、映画版との相違に戸惑って消化できなかったのかもしれない、と想像する。 今回は21年前とは全く異る感想で、映画とは方向性が違うが、この原作にも独特な魅力があると感じた。 「走っていた」でという一文で始まる、短文を重ねる独特な短い文体。21年前の「なんか日記みたい」は否定的感想だったが、いま読むと、この独特な文体とリズムが魅力的。 一行空けのない段落間で映画の編集のようにポンと時間が跳ぶ構成も独特。終始ディープな内的主観と言える世界観は、映画の低音のノスタルジックな群像劇とは全く別物。 ただし、著者の文庫版あとがきに「めいっぱい赤字を入れた」とあるので、マガジンハウス版と今回の文庫版では、文体のリズムなどが変わっている可能性はある。 この20年間で僕自身の小説に対する感受性(特に青春小説に対する感受性)も多分多いに変化している。35歳の頃は、まだ自分の裡にあった青春の残滓のようなものが、距離を取って純粋に客観的に青春小説を読む事の障害になっていたかもしれないが、今はもうその残滓は少なくとも肉体的に実感できるレベルではほぼゼロで、10代後半に感じていた感情を思い出す事はできるが、自分の予想を越えたリアルな感覚が甦ってきて胸が苦しくなるような事はもう殆どない。年齢を経るにつれて、内部のこういう命のエネルギーそのもの、の・ようなものは、日に日に薄くなっていくのだろう。 原作・映画に共通するのは、うまくいくかどうか判らなくてもとにかく全力で挑戦する事が 重要、というテーマ。原作はボートと写真、映画はボートのみ。このテーマに合致する、最初からムリと思わずに打席に立ってバットを降る、という行動は映画のみ。 映画版との主な相違点 ◯腰を痛めた後半は大会では漕がない ◯カメラマンを目指して上京 ◯コーチは部のOBの中年の女性 ◯テンマ・カケルへの淡い恋心(映...

小林信彦「大統領の密使」読書メモ

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小林信彦「大統領の密使」ちくま文庫 1993年発行(早川書房 1971年) 子供の頃から何度も読み返しているが、いま読み返しても、 深く考えずにラクに読む小説としては、読みやすく、面白い。 小林信彦の小説で一番好きなのはやはりこの手の軽いエンタメ。 ※オヨヨ大統領シリーズ、唐獅子株式会社シリーズ 70年代のディスクジョッキー事情はよく判らないので、 80年代に再読していた時は、主人公は吉田照美を想像して読んでいた。 きのうのジョーが主人公の口笛に昔を想い出して苦しがるくだり(P245〜) 言及される作品はさっぱり判らないが、なんとなく面白い。 僕なら80年代前半のB級アイドルだろうか? 徳丸純子、水野きみこ、横田早苗、吹田明日香あたり。

川端康成「温泉宿」

川端康成「温泉宿」 新潮文庫「伊豆の踊子」収録の短編 独特な読後感。 温泉宿にいる何人もの女性の断片的な物語。 名前を与えられいる女性の数が多すぎて誰が誰だかよく判らない(多分狙い)。 3つの別れているこの小説は「春」が訪れずに終わる (「夏逝き」「秋深き」「冬来たり」)。

三島由紀夫「盗賊」雑感

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三島由紀夫「盗賊」雑感 2019年は三島由紀夫の長編を時系列に読んでいく事にして、1948年発行「盗賊」を新潮文庫で。以前に1回は読んだはずなのだが見事に全然覚えていない。 一応具体的な行動・事象は描かれているものの限りなく観念小説に近い。 自分の心と自分の言葉はどこまで一致するのか? P188 髭のタクシー運転手の話は<不一致のメタファー=この作品全体のテーマ>か? 簡単に言えば、言葉にした瞬間にどこまで本心を語っているのか自分でも判らなくなる、 という事なのだろうと想像するが、心情描写が過剰なペダンティックと言えるレベルで語られていて、一読して判りにくいのは、斯様に多くの言葉を連ねて語れば語る程、「本心」などというモノはよく判らなくなるという事、と解釈したい。 「本心」はそもそも本当に存在するのか? 「本心」を言葉で語った(つもり)時にそれは相手にどこまでしっかり伝わるのか? 例えば「好き」という単純な言葉。 人物Aにとっては「死ぬほど愛している」と殆ど同義で滅多に口に出さない言葉で、 人物Bにとっては「嫌いではない」程度の挨拶代わりに口に出す言葉かもしれない。 同じ「好き」でも、相手・気分・その他の理由で同じ人が違う意味合いで用いる事も多分多いにありえる。 斯様に言葉、特に心や感情を表す言葉が持つ意味はどこまでも曖昧なようだが、それでも我々は言葉を用いてコミュニケーションして物語を紡いでいくしかない。 「豊饒の海」の衝撃のラスト(本多と聡子の60年ぶりの再会)は、「言葉」や「記憶」の曖昧さを永劫に残る遺言の如く突きつけていたが、そのテーマは、この長編第1作目で既に、考えようによってはより複雑に、ある種メタ的に顕現している。 三島由紀夫プロフィール

宮本輝の<プロット語り>

「青が散る」の<プロット語り>(文庫版上巻P55〜59、安斎の狂気の話)、 この程度の長さで、所々に安斎の実際の台詞が入っていると、さほど気にならない。 「野の春」の<熊吾の中国の話>はあまりにも長過ぎるし、 いま手元にないので確認できないが、 実際にその場所で語られた台詞は入っていなかった筈。 宮本輝プロフィール

浅田次郎「長く高い壁」

浅田次郎「長く高い壁」角川書店 信頼できない複数の証言者(「珍妃の井戸」と似た構造)。 殺人の動機を説明する部分の描写が弱い。 毒殺の実行犯(海野)が戸田以下10名の乱行(母親と娘を暴行?)の現場を直線目撃していない。戸田以下10名は全員その乱行に参加していたのか? 見ていただけ、見張りをつとめたという可能性もあるのではないか? 全員が繰り返し乱行を行っていて、他の手段で解決できない、という経緯がないと、 ただせさえ少ない戦力を2/3に減らす殺人を行う理由付けとしては弱い。 当時の生活感覚の描写は用語の使い方を含めてなかなか良さげ。

京極夏彦「邪魅の雫」

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京極夏彦「邪魅の雫」2006年発行 3回目。毒薬で何人も殺される、という事以外はほぼ忘れていた。 細かいメモを取らない限り、誰が誰だか判らなくなる事必至(確信犯的)。 最後に京極堂が語る話、「澤井に乱暴された話」は誰から聞いたのだろう? 言葉(物語)は元来嘘と言えば嘘であり、人から人へと語り継がれる度に最初の話から少しづつズレて行く(人の数だけ物語がある)、という事を、この小説全体が語っている。 邪魅の雫メモ(拾い読みするなら21、4、7、11、13、17、28)  1   私(西田)が石井警部にストーカー行為に関して相談(喫茶店「茶房松木」)  2   益田が今出川(榎木津の母方の従兄)から調査依頼を受ける(薔薇十字探偵社)  3   江藤が死体を発見して山下警部補の尋問を受ける(現場→交番)  4    青木が木場に澤井変死事件に関して話す (普通の青酸カリではない?)  5   大鷹が真壁恵と話す(回想でもうひとりの真壁恵の身辺警護の話、大磯の海岸)  6   女(真壁恵?)に男(赤木?)が話す(内的描写)  7    益田が中禅寺と関口の話を聞く (京極堂)※小説の批評、世間  8   私(西田)が宇都木実菜に関して語る(海に面した館)※原田美咲(画商)  9   青木が江藤と話す(所轄の交番)澤井と赤木のつながり 10  江藤がおかみさんと話す ※大仁田良介(うはあ) 11  益田が関口に相談 (中野駅前の喫茶店)※神崎宏美(榎木津が過去に交際) 12  大鷹が赤木と話す、大鷹が雫を欲しがる若者と話す(隣の駅の保養所) 13  青木が中禅寺の話を聞く (京極堂)※石井部隊、帝銀事件 ※敦子(科学と悪) 14  私(西田)が美咲、あやめ、大仁田の話を聞く(西田邸) 15  益田が関口と話す(大磯の馬場)※関口の愛憎論 ※神崎礼子(調教師) 16  江藤が赤木の部屋で雫を発見、榎...

村上春樹「1Q84」

村上春樹「1Q84」 新潮文庫で再読中。 初めて読んだ時と同様に説明描写に冗長に感じる箇所がいくつかある。 過去の村上春樹作品の説明描写は、説明であってもどこかもう少しエッジは効いていなかったか? 例えば BOOK1後編 P258〜268の「さきがけ」の描写。 普通の設定に気が生えた程度のよくある冗長な描写が続き、単に文章として退屈なだけでなく、新聞の縮刷版のまとめとして疑問符がつく部分もある。 P267「報道関係者はおおむね、この教団について好意的な印象を抱いて帰路に就いた」と断定するくだりは、青豆がいくつもの新聞の縮刷版を読んで想像した、という事だろうか? 記事が「好意的」であってもひとりひとりの「報道関係者」が「好意的な印象」を持ったかどうかは判らないと思うのだが…。

庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」

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庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」中公文庫 17年ぶりに再読。 「ライ麦」っぽい感じ、という事以外、何もかも忘れていた。 「桃尻娘」と同様に告白体に近い一人称。 由美の母親の曖昧な言い方など、台詞は面白いのだが、会話自体が多くない。 朝にガールフレンドとケンカして夕方に仲直りする1日の話(1969年2月9日)。 この間に「白衣の下は全裸の女医」「小林が来て一方的に語る話」「銀座で小さな女の子に足を踏まれる話」などの「現在(眼の前で起きている出来事とリアクション)」が入るが、大半は「過去の出来事のふりかえり」か「熟考された意見や思想の表明」。「桃尻娘」の1作目の5作品はほぼ全編「現在(眼の前で起きている出来事とリアクション)」を語っているがこの5作はいずれも短編。このような普通の「青春の1日」を題材にして、ある程度の長さでほぼ全編「現在」というのは意外に難しい(プラス実は読みにくい?)のかもしれない。 小さな女の子に足を踏まれる話の不自然さ(声を発したわけでもないのに女の子はなぜ痛がっている事に気付いた?「だいじょうぶ」と答えたにも関わらずなぜ離れようとしなかった?)は、魂が共鳴しあう相手との奇跡的な出会いを秘かに際立たせる為に、狙って不自然に思える描写をしているのだろうか? 自分も悩んでいる時期(20歳前後)に読んで主人公と一緒に悩むのが、この作品にもっと寄り添う読み方。50歳を過ぎたいま読むと、当時の自分を思い出しもするが、このように悩んでいる若者に対しては、「若いうちにやった方が楽しい事をやって方がいいよ。どっちにしたって気がついたら青春は終わってるんだから」と言いたくなる。こんな事を言いたい心境になっている事は紛れもなくとっくに青春が過ぎ去った証拠なのだろうw 登場人物 薫 主人公 上にきょうだい4人 東大法学部進学をやめる 由美 ガールフレンド 幼馴染み 松岡 女の子を紹介してくれる(便利すぎるキャラクター) 小林 慶応大学志望 一方的長台詞 影の主人公

エル=アッカド「アメリカン・ウォー」

エル=アッカド「アメリカン・ウォー」新潮文庫 21世紀後半の第2次南北戦争の話。 本格的に面白くなりそうな予感が下巻に入っても続くが、最終的にどこかもう一歩物足りない感じ。 主人公の行動は充分描写されているが深い部分の内面描写はあまりない。 ゲインズによって主人公の何がどう変わったのか(或は変わらなかったのか?) 家族を殺されたから復讐する、拷問でひどい目にあわされたから殺す、というのは当たり前。どこかに21世紀後半ならではの新しい行動規範があるべきだと思うのだが僕には掴めなかった。 所々に意味は通じるがひっかかる訳文がある。 ※下巻P65「おれは親父が死ぬのを待つほうがいい」 第4章で「わたし」の一人称のがところどころで逸脱する理由は読み進めると判り、<小説は何でもあり>なのでこういう書き方が悪いわけではないが、個人的には好みではない。 ※P216サラットと母親のシーン ※P229サラットとマーカスのシーン

橋本治「帰って来た桃尻娘」

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橋本治「帰って来た桃尻娘」講談社文庫 桃尻娘シリーズ3作目。 1作目2作目に比べて1編が長くなり、決して詰まらなくはないが、文体はどんどん普通になり、1作目の強烈な印象、2作目にそこそこ強烈な印象に比べると、3作目は長くなった分印象は希薄になった。読みやすさで言えば2作目に比べて更に読みやすくなったが、説明しすぎでかったるいと感じた部分もあった。 1作目は、告白体っぽい文体(「現在」の意識の独白)にいきなり「現在」の出来事(主に台詞)がカットインして来て、青春のごく短い「現在」だけを嵐のように描いてさっさと(短めに)終わってしまう。告白体っぽい文体(強烈な話し言葉)で「現在」を描くのが、およそ他の例が思い浮かばない程斬新で強烈。このインパクトを超える程のモノは2作目3作目には正直感じられなかった。 このシリーズは6まであるようだが講談社文庫に入っておらず、簡単には入手できないようなので、今回はここまでしておいて、この勢いで(笑)庄司薫4部作を再読する。 登場人物メモ 榊原玲奈…モモジリムスメ 磯村薫…美少年 木川田源一…カマゲン 滝上に失恋して磯村と交際 醒井涼子…お嬢様 滝上の子供を堕胎 松村…玲奈と短期間交際 田中…野草の会 女たらし 利倉…田中の友人 江古田在住

橋本治「その後の仁義なき桃尻娘」

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橋本治「その後の仁義なき桃尻娘」講談社文庫 初読。 地の文も話し言葉(流行の若者言葉)で会話が多く、 ほぼ全編<いま>を描いていた前作「桃尻娘」に比べると、 地の文もおとなしくなり(滝上と醒井はですます調、主人公も時々ですます調)、 その分<普通の小説>に近くなって前作に比べると読みやすくなった。 基本的に普通の告白体(ある時点から振り返っている)。 主人公は時々現在形も使い、あえて文体も混乱させている印象。 「青春=自分で自分がよく判らない混乱している状態」と定義するなら、 どの短編も(文体も含めて)見事な青春小説。 磯村の話はライブ感強く、かなりひきこまれた。 一直線に進行しないダラダラとした会話の魅力。 P361の長い会話の中の唐突に挿入される 「こんな調子だったら永遠に終わんないけどなァ。いいけど。」 に強烈に持っていかれた。 今作を読むと、小説としてはこの程度が正解で、 前作のように「地の文も話し言葉(流行の若者言葉)」は行き過ぎだった気もする。 前作は会話が多かったので会話で十分<ライブ感>は出せていた。 当時を知っている(知っていた)僕でも前作の地の文は馴れるのに時間を要した。 「早慶上智文系BL」の「BL」って何の略だろう? ボーイスラブのわけないしw(ググっても出て来なかった) 登場人物メモ 榊原玲奈…大学浪人中 牧村久美…マンガ家志望 松村唯史…ミニコミ誌編集部 ※作者の分身? 滝上圭介…一浪して法政大学 醒井涼子…お嬢様→滝上 木川田源一…カマゲン →滝上(バスケ部の1年先輩) 磯村薫…美少年→木川田

橋本治「桃尻娘」

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橋本治「桃尻娘」講談社文庫 いやァなんていうかサ、会話はもちろんそうなんけどサ、 地の文も、<超口語体>とでも名付けたくなるような、全編70年代後半の若者の流行り言葉で書かれている訳。 30年くらい前に初めて読んだ時にはァ、その言葉の感覚がちゃっかり残ってたんで気にならなかったりしてェ、 むしろスイスイ楽しんで読んだような遠〜い記憶があるンだけどサ、いま読むと最初は結構馴れなくてェ …と書くのも疲れる!? 全編こんな文体で、最初はかなりつっかえつっかえだったが、 読み進めるうちにだんだん馴れて来て、青春モノは基本的に大好物なので、 次第にどの人物も愛おしく思えて来た。 徹底して「いま」を描こうとしているのが素晴らしい。 「ボケーッとしていた」という表現は最近はすっかり使われなくなっている気がするが、 思い返せば、僕も当時の日記でよく「勉強もせずに2時間ボケーッとしていた」などと使っていた。「ボーッとしていた」「ぼんやりしていた」という事なのだろうが微妙にニュアンスが違う気もする。こんな表現・言葉がたくさんあり、意味は判るが微妙なニュアンスは思い出せないモノも多数。 この小説を当時(1980年前後)を全然知らない人が読む場合は、 やはり漱石のように注釈が必要になるのだろうか? 「桃尻娘」登場人物メモ 榊原玲奈…モモジリムスメ 田口祐子…同じ団地で同じクラス 大西と交際・妊娠 磯村薫…美少年 木川田源一…カマゲン →滝上(バスケ部の1年先輩) 牧村久美…マンガ家志望 井関純也…1年後輩 木川田と 醒井涼子…お嬢様 お化け屋敷 竹場百合江…兄のガールフレド 磯村を3人で… 松村…磯村の友人 玲奈に告白 ※作者の分身? 西窪…同じクラス 一緒に映画

トマス・ハリス「羊たちの沈黙」

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トマス・ハリス「羊たちの沈黙」新潮文庫 映画公開当時に読んだと思っていたのは勘違いで今回が初読だったようだ。 人物の関係性描写が緻密で、映画にない要素多数。 映画のチルトン博士ってこんなに「活躍」してたっけ? 映画を見直さないとはっきり言えないが、 映画版はこの原作のエッセンスをきちんと活かして、 落としてはいけない部分は残してあると思う。 P452〜460のあまり頭の良くない若い女性の台詞が抜群 (質問に一直線に答えない、関係ない自分の話を膨らませる)。 Scott Glennが演じた役を「クローフォド」とカタカナ表記しているのが気になった。 Jodie Fosterプロフィール

千早茜「ガーデン」

千早茜「ガーデン」文藝春秋 2017年  「花と緑を偏愛し、生身の女性と深い関係を築けない、帰国子女の編集者」という紹介文から、草食系男性(ノーセックス主義)の心理描写を期待して読んだが、モデルのマリとはセックスしていたようだ(直接的な描写はない)。 常に精神的に安定している主人公が、終盤いくつかの事象で多少揺さぶられるが、最終的に彼の世界は崩壊する事なく終わり、少々拍子抜け。達観でも崩壊でも、もっと遠い地平まで突き抜けて欲しかった。 主人公と世界の関係描写にはいくつか魅かれる部分があった。