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2023ラジオ聴取メモ

※敬称略 ※個人の感想です ◯大竹まこと ゴールデンラジオ(文化放送  月〜金13:00)2003年2月9日 ・大竹まことは相変わらず相槌が多い(若干耳障り)。そもそも相槌は声に出す必要はあるのだろうか? 話している本人の方を見て時々うなずくようなアクションがあればOKでは? ◯ ナイツ・ザ・ラジオショー(ニッポン放送 月〜木13:00) 2003年2月6日  ・あいなぷぅの営業用の声と話し方は文化放送・ 坂口愛美に似ている ◯ 伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛(文化放送 土15:00) 2003年2月4日  ・オープニントークの挨拶で吉田トチる(「 伊東です」の後にすぐに言う筈が無言)

「ゲーム・オブ・スローンズ」雑感

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「ゲーム・オブ・スローンズ」Amazon 全8シーズン 最後が残念。話が収斂してゆくまでは非常に面白かった。 覚えきれない程の人物が登場して権謀術数渦巻く複数の話が並行して進行するシーズン6あたりまでは非常に楽しめたが、話が収斂してひとつのシーンが長くなると、話の粗い部分(歩兵の大移動を把握していない、など)が感じられるようになり、各話約60分という長さも次第に冗長に感じられてきた。 話が収斂するまでは、ひとつのシーンの長さは体感では長くて10分以内、登場人物を確認するだけでも一苦労で、それぞれのシーンに濃厚な物語があったが、シーズン7あたりからその傾向は弱まってきて、最終のシーズン8は、各話90分近い長尺でほぼひとつの話。シーズン8の長尺回は、映画館で没頭して集中して観る事を考えて作られているような感じで、僕の視聴環境ではそこまで画や音の迫力も楽しめず、相当冗長に感じられた。 人間ドラマが充分面白いのでファンタジー要素はもっと少なくても良かった。北から来るゾンビは結局生態も目的もボスの正体も最後までよく判らず、8-3の最終決戦は延々暗い画面で判りにくかったせいもあって印象が悪い。火を吹くドラゴンは画としては非常に魅力的だが、戦力バランス的には強力過ぎで、8-5の核兵器使用を思わせる無差別虐殺は非常に後味が悪かった。総じて、人間ドラマ部分に比べて、戦いの戦略や戦術の描写は(意図的なのか)いまひとつだった。 STAR WARS EP7〜9のフォースの強大化にも言えるが、ファンタジー要素による戦力は限定的でないと話全体のバランスは崩れてしまう。最後があんな風だと、最初からドラゴンにひとりで乗っていきなり攻撃しても良かったんじゃないの? って思えてしまう。ファンタジー要素は少年の千里眼と紅い女のちょっとした魔術程度にして、ゾンビもドラゴンも登場せずに徹底して人間ドラマで押し切ってくれたらどうだっただろう、と想像してしまう。もしくは、ドラゴンは登場したとしても、火を吹いて攻撃する事に関して様々な制約を儲けてほしかった。例えば、ドラゴン自身に正義を求める心がある、とか。 奴隷解放を進めてきたデナーリス(民主主義?)とサーシー(独裁政権?)が最後に対決する話だと思って見ていたのが、デナーリスが最後に無差別大量虐殺。庶民に寄り添う側に見える方が大量虐殺という皮肉、権力を狙う人間は...

2022年 本/マンガ/映画/ドラマ/テレビ/ラジオ/配信メモ

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2022年 本/マンガ/映画/ドラマ/テレビ/ラジオ/配信/ニュースメモ ■2022.07.07木 ○マヂカルラブリーのオールナイトニッポン ・マヂでどうでもいいオープニングw   芸能人の結婚、本人側が自ら発表する場合は別として、そうでないケースは、そもそも、そこまで労力をかけて取材をして報道する価値があるものなのだろうか? ■2022.07.02土 ○ラジオのあさこ ・いとうあさこ「平成以降は全部最近」50歳を過ぎた人は多分全員共感w 僕の場合は、げんみつに言うと「90年代はちょっと前」で、「00年以降は全部最近」という感覚が00年以降ずっと続いている ■2022.06.30木 ○パンサー向井の#フラット ・今週は遂に冒頭の各曜日の発音が全曜日標準語アクセント!w ■2022.06.21火 ○パンサー向井の#フラット ・冒頭「火曜日」の発音はまた中部アクセントに戻っているw ○爆笑問題カーボーイ ・「サンジャポ」で太田のボケを田中がスルー(?)した件、「サンジャポ」のその部分は見ていないのだが今回のラジオを聞く限りではさすがに太田の言い分(なんでもいいからつっこんでくれないと成立しない)に一理ある、そういう時に使う定番フレーズをなんでもいいから用意しておくべき(「伝わんねえよ!」「わけわかんねえよ!」「生だから(説明の)テロップ出ないよ!」「ボケが突飛すぎるんだよ!」「もうオレにはムリ(つっこみきれない)、自分で回収しろ!」でもなんでもいい) ■2022.06.20月 ○パンサー向井の#フラット ・冒頭「月曜日」の発音は標準語アクセント(なんとなくこわごわ発語しているような感じ) ■2022.06.13月 ○パンサー向井の#フラット ・冒頭「月曜日」の発音が中部圏アクセントに戻っていた ○ふわちゃんのオールナイトニッポン ・プロテインケーキの話はあまりにもデキすぎている感あり、創作の可能性もあるかもしれないが、基本的にこの手の話は面白ければ良い(つまらない真実よりも面白い嘘)、それこそ落語に類似形がありそうな話 ※おいしくなるように試行錯誤の末にプロテインを入れるのをやめた ■2022.06.07火 ○パンサー向井の#フラット ・冒頭「火曜日」の発音が標準語アクセントになっていた ■2022.06.03金 ○バナナマンのバナナムーン ・設楽病欠,ハライチ...

大林宣彦「金田一耕助の冒険」雑感

大林宣彦「金田一耕助の冒険」1979年公開 初見。U-NEXTで鑑賞。 楽屋オチ満載の珍作。 晩年のなんでもありの萌芽は既にこの作品にあった。 なんでもありが文学・アート方面に寄れば晩年の作品群になり、エンタメ方面に寄ればこの作品のようになる、という事か。 この作品に比べれば大林監督の80年代の一連のアイドル映画は普通寄り。  

宇佐見りん「かか」読書メモ

宇佐見りん「かか」2019年 河出書房新社 「推し、燃ゆ」が結構面白かったのでこちらも読んで見たが、こっちは正直微妙だった。 癖が強い告白体の変形のような文体。 方言なのか、家族内独自表現なのか、あまり見聞した事がない表現が、台詞だけでもなく地の文に混ざっている。自身を「うーちゃん」と呼び、語る相手(?)を「おまい」と呼ぶ。この手の独特表現が正直結構うざい。時に一読では意味が判らず、何度かその部分を読み返して、標準語の文章に頭の中で翻訳する。かと思うと、全く普通の表現に終始する文もあるので、一定のテンポで読み進められない。 家族のいざこざをあえて読みにくい文体と表現で描写する試みは、現に受賞もしているし、高度な読み手にはチャレンジングに映るのかもしれないが、僕は、普通の文体で読みたかった。 

村上春樹「女のいない男たち」読書メモ

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村上春樹「女のいない男たち」文春文庫 読書メモ 映画「ドライブ・マイ・カー」は、同名の短編から人物配置、「シェエラザード」からエッセンス(セックスの後にストーリーを語る話)を借りて、多言語による演劇という要素を足して相当豊かに膨らませている。大きな違いは妻の死に方。原作は病気でゆっくりと最期を迎えるが、映画は突然死。 映画では主人公・家福は妻の浮気現場を目撃するが、原作は現場を見たわけではないのに浮気を確信している。文章を素直に解釈すれば、これは家福がそう思っているだけでそうとは限らない、という事になると思うのだが、それとも、この小説は一見一人称的三人称で書かれているが実は神視点である、と解釈するべきなのだろうか? 「ねじまき鳥…」にも、尾行している相手の顔の表情が見えるかのような描写があったと記憶するが、この書き方は毎回解釈に悩む部分。とはいえ、仮に明確に現場を目撃した、という描写があっても、自分でも気づかない深層心理による幻視かもしれないし、仮に妻が告白したとしても妻がウソを言っているかもしれない。明確な神視点文体で書かれた明確な客観描写でない限り、全ては不明確ではある、という解釈も可能。 一番楽しめた作品は「イエスタデイ」。 彼女とのデートでもっとイロイロ進展するバージョンを夢想。 「木野」は村上春樹の一連の長編の別バージョン(日常のすぐ隣に闇の世界がある)。 安定した面白さだが、ここからどんどん話が続く長編を読みたくなる。 単行本書き下ろしの「女のいない男たち」の延々と続く言葉遊び。 若い頃はこういう作品も嫌いではなかった気がするのだが……。 村上春樹プロフィール

村上春樹「一人称単数」読書メモ

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村上春樹「一人称単数」2020年発行 文藝春秋 全8作の短編集。 「共通テーマは死?」と思って読み進めるが、 明確に「死」が描かれているのは4番目まで。 5番目のヤクルトの話は父親とラインバック、 6番目の謝肉祭はシューマンの悪霊・自殺未遂、 7番目と8番目の話は文字面には「死」は描かれない。 小説としての濃度は7番目の猿の話で増加して、 8番目の話(特にラスト)で視界不良なレベルに達する。 1〜7番までなんとなく不思議な要素を含む話を連ねていたのは、 8番目の話のフリのように思えてしまった。 8番目の表題作「一人称単数」は、 村上春樹氏の多くの長編の世界観を簡潔かつ直截に凝縮。 日常のすぐ隣にある(或はレイヤー的に常在する)言葉で説明できない異世界。 私見ではデヴィッド・リンチ的世界観と相似形。 普段は見えないが、何かのきっかけで扉が開く。 最近は、多分自分自身の加齢による感性の変化で、 20代の頃のように村上春樹の小説にビンビン感応する、 という事はなくなってきているのだが、 あいかわらずどこか独特な文体・構成にそこそこひきこまれる。 読書のスタミナも年々衰えてて、 メモを摂りながら読まないと読むそばから忘れていくので、 いまやむしろ短編の方がありがたいかもしれない。 村上春樹プロフィール 作家(年齢順)

Netflix「全裸監督」雑感

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Netflix「全裸監督」全8話 予測の上を行く山田孝之のハイテンション・オーバーアクティングは一見の価値がある。 歌舞伎町のセットを筆頭にproduction designには充分な金がかかっている。 黒木香役の女優(森田望智)は実際の黒木香よりかわいい。 以上3点以外はあまり感心しなかった。 全体としてどの線を狙っているのかいまいち不明瞭。 内容・テーマに寄り添ってドキュメンタリータッチ(風)のコメディが最適解な気がするが、全体的にはどこか中途半端なドラマに終始している印象。 いろいろな事をやろうとして逆に一番やりたい事が曖昧になっているような。 #1の途中までまずまずだったテンポもだんだん落ちて来る。 メインは<ハメ撮り>を発明した破天荒な男の物語、 サブはAVに出演した事で自分を解き放った女の物語なのだろうが、 両者ともに集約不足、メインとサブの関係性にこれといったドラマがない。 このふたりが出会った瞬間にお互いを認め合ってストーリーが集束・昇華しているようにも見えるが、それならば出会う前にもっと障害が必要なのでは? 台詞・構図・演出にコレと言ってグッと来るものが感じられなかった(特に台詞)。 大手メーカーとの対立にヤクザや悪徳刑事が絡む展開は、 話が紋切型でキャラクターが類型的で、語り口を含めて既視感ばかりが漂い、 曖昧な方向性が最も顕著にマイナスに作用していたようだ。 もっと明確にヤクザもののパロディ的コメディで良かったと思うだが…。 ポセイドンvs村西の対立構図はもっと早い回に見せて欲しかった(#8 12分頃) イマジナリーライン越えが山田孝之と満島真之介の関係断裂を表現しているのかもしれないが、普通に見ていると単にしっくりこない編集に見える(#8 20分頃) 村西の会社、警察の取調室、ビデ倫の部屋はリアリティ感ない。 村西は最後まで一度も実際に「ナイスですね」と口に出して言わなかった(多分)。 あえてやっているのかもしれないが時代考証は微妙にアバウト。 扇子片手のあのダンスやパラパラの本格的な流行は90年以降の筈。 石橋凌の自宅リビングにある薄型テレビは10年早いのでは?(試作品か?) 城定秀夫か今泉力哉か山下敦弘か堤幸彦が全編監督したらどうだったのだろう、 とついつい想像してしまう作品。 ----------...