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庵野秀明「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」雑感

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庵野秀明「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」2021年公開 一言で言えば少年が大人になる話。 碇ゲンドウに関して言えばちゃんとした大人になりそこねた話?  碇ゲンドウに庵野秀明自身がある程度取り入れられていると想像する。 前回劇場版と同様に最後は実写。 マンガ版のラストに似たテイストの終わり方。 Qと同様に、今作も主にリツコが口にする<専門用語>の意味はさっぱり判らない。 仲間内だけに通じる言葉を使って社会に対して壁を作るオタクのごとく。 ATフィールド=OT(オタ)フィールド!? <専門用語>の意味は判らなくても画の迫力とキャラの感情で魅せる。 これはアニメとしても映画としても大正解。 言葉で説明可能なストーリー・設定なら小説で展開すれば良い。 26年前のTVシリーズから今作まで意匠を貫き通したのは素晴らしい。 特に音楽の使い方(ガンダムシリーズが一番損をしているポイント)。 シン・ゴジラにも使われた例の音楽はココが最適という箇所で使われる。 TVシリーズで多用されていた<暢気な日常のテーマ>スローバージョンに涙腺が緩む(中盤パート)。 冒頭の戦闘シーンのラテン風の音楽もアタマの爪弾くギターから最後まで印象的(多分新作)。 Qを観て気になった以下に関する明確な説明はなかった。 ①シンジが14年間目覚めなかった理由、年を取らなかった理由(シンジも造られたヒト?) ②ミサトのシンジに対する内的心境変化(Qで厳しく接したのはシンジを生かす為?) ③ネルフ分裂のいきさつ マジンガーZから約50年、巨大ロボットアニメが到達したひとつの頂点。 新世紀エヴァンゲリオン 作品データ

芦原すなお「官能記」読書メモ

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 芦原すなお「官能記」1996年発行 生と死と性。 過去に2〜3回読んでいる筈だが、ほぼ忘れていて、読み始めたらだんだん思い出した。 こういう女性がたくさんいる世の中であって欲しいという願い。 ある種のファンタジー、細部のリアリティ。 親をなくして親戚に引き取られ、子供の頃は親戚の子供にいじめられるが、15歳で独立して、天性の美貌・頭脳・運動能力でどんどん成功して行く話。…と、まとめてしまうと魅力の殆どが失われかねない。 告白体の文章と会話の面白さ。自由な心。人生と性はなんでもあり。 捨吉が編集者に住所を教えて貰うくだり、実際は少なくとも編集者から作者への確認が入る事なく勝手に教える事はない、と思うのだが、1980年代はまだありえる話だったのか? 明星や平凡に芸能人の住所が掲載されていたのは60年代の話だったか?  芦原すなおと言えば、当世随一の面白い会話の書き手だと思うのだが、中盤はやや地の文の割合が増えて会話のキャッチボールは少なめ。映画監督とは会話のキャッチボールはもっと読みたかった。 作家(代表作,年齢順一覧)

1980年代メモリー① 洋酒の値段

1980年代メモリー① 洋酒の値段 最近はアーリーもジャックもスーパーやコンビニで2000円程度で売られているが、僕が1984年に大学に入学して上京して本格的に酒を飲み始めた頃は、洋酒(死語?)の値段はとても高かった。どんなに安い銘柄でも3000円、ちょっと有名なのは5000円以上、高級銘柄は1万円はしたと記憶している。 多分初めて買った洋酒は緑の瓶のカティサーク、値段は記憶では3500円程度。カティサークは主にひとりでロックでちびちび飲み、普段、同級生と飲む時は安い国産(サントリー・ホワイト?)をコーラで割ってガンガン飲んでいた。安い国産でも2000円くらいはしたと思う。 この頃は酒はコンビニやスーパーでは売っていなかった筈で、「ふぞろいの林檎たち」の中井貴一の実家みたいな、いわゆる酒屋で買っていた(そもそも上京当時に住んでいた上板橋には駅の周辺にコンビニはなかったような気もする、スーパーはイトーヨーカードーがすぐ近所になり、殆どの食材はそこで買っていた)。1990年代初頭まではそういう酒屋で酒を買っていた記憶があるので、洋酒の値段が下がったのは、単に酒税が安くなっただけでなく、販売方法などの法改正も関係していのかもしれない。 ある程度飲めるようになってくると、酔えればなんでもいい、という事になり、ウイスキーより更に安い焼酎をジュースなどで割って飲むようになったと記憶するが、この辺は記憶があやふや。焼酎をオロナミンCで割ると吸収しやすいのかすぐに酔える、という話を聞いて実践してみたらその通りでたちまち泥酔した。 以上は部屋飲みの場合で、外で居酒屋で飲む時は、基本はビールがサワーで、たまにハイボールを飲んだ気がするが、いずれにせよ、大学時代は高い洋酒とは完全に無縁だった。 世の中がいよいよバブルのムードになってきて、カフェバーが流行して、バーボンのソーダ割りが流行っていたのは僕の主観記憶では80年代終盤、この頃に流行っていたバーボンと言えば、ハーパー、ローゼス、アーリーで、近所の酒屋かスーパーで買ったハーパーは5000円くらいはした気がする。 こんなどうでもいい事を文章に残して公開しても世間の役に立つ事は殆どないだろうが、自分自身のボケ防止の為、折に触れて、主に80年代、ときどき70年代や90年代の事を書き残していこう、と思っている。

大林宣彦「SADA 戯作・阿部定の生涯」雑感

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大林宣彦「SADA 戯作・阿部定の生涯」1998年公開 ※Hulu配信中(2020.07.14現在) 様々な実験的趣向に満ちた異色作。 ここまでいろいろ趣向を凝らしているのは「 HOUSE ハウス 」以来? モノクロ/カラーが頻繁に切り替わる コマ送りの長回し(最中も雑誌を読み続ける、23分頃〜) 黒木瞳vs根岸季衣のコミカルなケンカ(トムとジェリーな足の指、81分頃〜) ヒロイン黒木瞳(当時30代後半)は角度や照明によってはattractive。 冒頭の処女喪失シーンはさすがに14歳には見えない。 黒木瞳プロフィール 片岡鶴太郎プロフィール 大林宣彦監督作品 SADA 戯作・阿部定の生涯 作品データ

大林宣彦「ふたり」雑感

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大林宣彦「ふたり」1991年公開 多分4回目の鑑賞。 過去3回は公開時(劇場)、レンタルVHS、DVD購入時。 再三様々な形で歌われる主題歌「草の想い」は叙情的なメロディラインの名曲。 エンドロールのおじさんバージョンは、自分がおじさんになった2020年に聴くとそれなりの味わいを感じるが、公開時は「コレ誰? 普通に中嶋朋子バージョンの方が良いのにな〜」と思っていた。 https://www.youtube.com/watch?v=ah0v9Ch4SNE 一言でまとめられる太いストーリーがあるようなないような、という約150分のこの作品の一番の魅力はある種の儚さを孕む姉妹の会話。 石田ひかりの囁くようなエロキューション、 中嶋朋子のやや低音のしっとりとしたエロキューション、ともに耳に快い。 大林宣彦印の狂ったハイパーモンタージュ(褒め言葉)はないが、 普通のよくある幽霊モノとはやはりどこか違うヘンな映画。 普通のエンタメならクライマックスでもおかしくない、 石田ひかりが襲われて殺されそうになるシーンで幽霊(姉)初登場。 父親を殺しかけるシーンで思いとどまらせるのか!? と思いきや、 このシーンではその場に姉はいないw 観客が自由に解釈できるように、あえて明確な判りやすいストーリーにしていない、 という可能性もあるかもしれない。 単純に、石田ひかり、中嶋朋子、中江有里、島崎和歌子を眺める映画としても十分成立。島崎和歌子もこの頃は美少女w 公開当時劇場で観て結構違和感を感じたハイビジョンを用いた合成ショット、 僕が所有するDVDでは全くリマスタリング? されていないようだ。 ふたり作品データ 石田ひかりプロフィール 中嶋朋子プロフィール 大林宣彦プロフィール

大河原孝夫「ゴジラVSデストロイア」雑感

大河原孝夫「ゴジラVSデストロイア」Hulu 1995年公開 シリーズ22作。 第1作のタイトルを突き破ってCGによるタイトルがローリング表示 (CGによるタイトルはシリーズ初?) 第1作を受け継ぐ内容、第1作のヒロイン河内桃子登場(石野陽子・林泰文の叔母)。 エネルギー? を溜め込んだゴジラがメルトダウンする可能性があるという凄い設定。 メルトダウンで超核爆発、その熱で大気圏が発火する様子を想定CGで見せる。 58分頃防衛隊出動の音楽は初めて聞く気がする(この曲も結構かっこいい)。 ジュニアはすっかり大きくなった(途中までゴジラが戦っていると思って見ていた)。 発熱して目が真っ赤なゴジラとデストロイアの戦いは体液とかいろいろ出て妙な迫力。 小高恵美の髪型・メイクは前作よりはマシ(ミディアム)、 顔が少女から大人になって来た。 ラストが非常にあっけない。エピローグなし。 林泰文→小高恵美の話は殆ど発展しない。 エンドロールは過去の名場面集、ゴジラが日本各地の名所を破壊。 多分シリーズ初登場の携帯電話はまだ誰でも持っているわけではないようだ。 河内桃子→石野陽子の電話はテレビ局の固定にかかって来たと思える描写。 13号地はお台場のこと。

山下賢章「ゴジラVSスペースゴジラ」雑感

山下賢章「ゴジラVSスペースゴジラ」Hulu 1994年公開 メカゴジラかと思って見ていたが今回の対ゴジラ兵器は「モゲラ」と呼ぶらしい。 宇宙空間での戦闘は多分シリーズ初。 今作はメインのヒロインの小高恵美、ショートカットで前髪を下ろすとボーイッシュに寄りすぎてしまう印象。前作までのおでこを出す髪型の方がattractiveに見えた。感情を出す芝居の演技力は向上の余地大いにあり。 とってつけたような音楽が多いな〜と思ったら服部隆之だった。この人が作る毒にも薬にもならない感じの音楽はどうにも性に合わない。劇伴として決して間違いではないが、正解すぎ・真っ当すぎで逆につまらない。メロディーにもアレンジにもワンダーが感じられず、優等生的なクラシック風に聴こえる。多分僕は破綻なくまとまっている音楽より、不良っぽいどこかとんがったジャズっぽい音楽が好きなのだろう。 結局は<好みの問題>なのかもしれない。 ゴジラ登場シーンでは伊福部の曲が使われている。 服部隆之と伊福部昭とはどこか根本的に作曲の哲学・方法論が異なるのではないか、と想像。松任谷由実が言う所の「メロディーに意味がある」にどこか繋がるような。

大河原孝夫「ゴジラvsモスラ」雑感

大河原孝夫「ゴジラvsモスラ」Hulu 1992年公開 冒頭の別所哲也のインディ・ジョーンズ的脱出、崩れ落ちる階段のアイディアは良いが、 最後にしがみつく所はもっととんでもない高さを見せる演出が欲しかった。 75分頃の音楽(ゴジラvs戦車・航空隊)は例のマーチ風。 ゴジラのバトラに対する噛みつき攻撃は90分頃。 バトラが上陸するのは名古屋、最後の戦いは横浜みなとみらい。 小美人コスモス(今村恵子と大沢さやか)、初対面でいろいろ説明してくれるのは相変わらず。会った瞬間に良い人かどうか判るという設定でもあるのだろうか。 大竹まことは見るからに怪しい開発業者。 小高恵美の出演シーンは前作に比べて更に減った。

雑誌の記憶

雑誌の記憶 一番買っていた時期(90年代前半?)は月20〜30冊は買っていた雑誌、現在はほぼゼロ(今年は映画秘宝を1冊買っただけ) ◯毎号購入 科学(75年頃〜77年頃) 少年ジャンプ(75年頃〜79年頃) 月刊ジャイアンツ(77年前後) スターログ(78年頃〜85年頃) アニメージュ(79年頃〜83年頃) アニメック(79年頃〜83年頃)※途中から月刊? OUT(79年頃〜83年頃) オリコン(81年頃〜85年頃) BOMB(81年頃〜85年頃)※その後も時々購入 週刊プロレス(81年〜84年頃) シティロード(84年〜88年頃) ビッグコミックスピリッツ(85年頃〜08年頃?)※当初は月2回? モーニング(85年頃〜08年頃?)※当初は月2回? ボクシングマガジン(86年頃〜90年頃) ぴあ(84年〜88年頃) TOKYO WALKER(88年〜) サッカーマガジン(91年頃〜03年頃?)※どちらか サッカーダイジェスト(91年頃〜03年頃?)※どちらか アメリカンフットボールマガジン(90年頃〜95年頃?) NUMBER(90年代?) Mac Fan(90年代後半) 週刊文春(96年頃〜05年頃?) footballista(10年前後) キネマ旬報(84年〜86年頃、11年〜12年頃)※月2回 映画秘宝 DIME 日経TRENDY 噂の真相 宝島 sabra ◯時々購入 コロコロコミック 冒険王 ジ・アニメ(79年頃〜83年頃) ふぁんろーど(83年前後?) ◯購入した事がある テレビランド? 小学館の学習雑誌 ロードショー スクリーン SFマガジン 中三コース 週刊プレイボーイ 週刊平凡パンチ 月刊明星 PLAYB0Y PENTHAOUSE ハスラー ふぁんろ〜ど? Momoko アクションカメラ GORO POPEYE HOTDOG BRUTUS CHECKMATE Hanako Tarzan 本の雑誌 AERA 週刊ベースボール SPA! ※ぴあ、シティロードに次ぐ映画情報誌 アングル?

「世界中がアイ・ラヴ・ユー」

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Woody Allen「世界中がアイ・ラヴ・ユー」Netflix 劇場公開当時もDVD購入時も楽しめたが、完全なるミドルエイジになったいま見ると更に深く刺さってくる。「誘惑のアフロディーテ」のラストのミュージカルナンバーのムードをそのまま引き継ぐ幸福なシネ・ミュージカル。 ラス前のグラウチョは当然として、殆ど全てのナンバーが素晴らしい。 特に来るのは60分過ぎの祖父の幽霊が棺から出てきて踊る陽気なナンバーと、ラストの「シェルブールの雨傘」進化系のようなダンス(デジタルならでは)の切ないラブバラード。この2曲はトシを取れば取る程染みる。 たとえ別れる事になっても誰とも何もないよりは全然マシ(特に恋愛関係)。 全般的にどこか即興的に見える展開・編集は、つまり人生はそういうモノ(即興の連続)という事だろう。 Natalie Portmanと一緒にいる女の子(Gaby Hoffmann)は「フィールド・オブ・ドリームス」の子供。

北の国から、ふぞろい、男女7人

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「北の国から」全シリーズ、「ふぞろいの林檎たち」1〜3、「男女7人」夏&秋。 昨年から暇をみつけて交互にコツコツ再見していたのをやっと見終えた。 いずれも放映当時は大好きで、DVD購入時(00年前後?)もまあまあ好きだった作品だが、 いま見返すと、ドラマとして一番再見に耐えるのは、僕には「ふぞろい」だった。 僕はテレビドラマが持つ最大の魅力は台詞(会話)だと思っているが、 この3作品の中では「ふぞろい」の台詞(会話)の魅力が図抜けている。 「北の国から」は何気ない会話は悪くはないが、重要シーンは会話ではなく独白。 「男女7人」の台詞(会話)は全編ほほ普通、さんまのアドリブと思われる部分は悪くない。 「ふぞろい」はテンポも2017年の目で見てもそれほど悪いように感じられない。 「北の国から」はテレビシリーズから89まではまあまあだが、92・95・98は基本冗長。 特に98のラスト30分は途中でやめたくなる程無駄に長い。 2002はその反省からか話もいろいろ詰まっていてシリーズ中最良の出来。 「北の国から」で確実に魅力的な北海道の雄大な景色と美しい音楽は、映画館の大画面で味わえば更に魅力が増したのではないだろうか。スペシャルドラマではなく映画で展開していれば(香盤表的にも)もっと濃密なドラマを作れたかもしれない。95や98の宮沢りえなんかは結構スケジュール調整に苦労していた感じが伺われる。映画で展開してもっと制作費をかけて主要キャストを夏冬2〜4週間がっつり北海道ロケに拘束できれば、もっと同じシーンで共演できるドラマが作れたのではないか。 「男女7人」は放映当時はこの中で1番好きだったのだが、所詮旬のモノでしかなかったと言うべきか、僕自身も若く、バブルへと盛り上がっていったあの頃にオンタイムで見てビシビシ感じていた明石家さんまの魅力、時代の最先端を走っていた時の、言葉では語れないさんまのタレントパワーは、30年の時を経たいまは当然当時のようには体感できない。 決定的なのは、あの頃は「とにかく展開が早い(欠点を気にする暇がない)」と思えたテンポが、いまの目で見ると、むしろかったるい程度のテンポに感じられたこと。 さんまのアドリブと思える台詞や山下真司のキャラはいま見ても悪くない。

TWIN PEAKS RETURNS

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TWIN PEAKS RETURNS(全18話)WOWOW 今後多分永遠に作られそうにないレベルの難解さ。 通常のドラマの枠では到底語れず、枠を映像作品全体に広げても、極北に位置する作品。よくもまあこんな作品をテレビシリーズで実現させたものだ。 以下、17話と18話の覚え書き。 16話で元に戻ったクーパーが17話でTWIN PEAKSの保安官事務所に到着する。 その直前にルーシーがドッペルゲンガー(バッド・クーパー)を撃つ。 バッド・クーパーの体から出てきたようにも見える黒い玉(ボブ?)を手袋の青年が倒す。クーパーが例の指輪をはめるとバッド・クーパーは消える。 クーパーが保安官からノーザンホテル315号室の鍵を受け取る。 クーパーと顔がない女(裕木奈江)の存在に気付いた所からクーパーの顔のクロウスアップが常にオーバーラップする謎の画面になる(全てはクーパーが見ている夢、という事か?) 顔がない女の顔面が避けて、例の部屋に浮かぶ謎の物体のショット。 次の瞬間、顔がない女はダイアンになっている。 ダイアンとクーパーは抱き合ってキス。 クーパー「全てを覚えてるか?」 ダイアン「ええ」 時計の針はは15:52と15:53を行ったり来たり。 誰の声でもない「we live inside the dream.」 クーパーとダイアンとゴードンは謎の空間を抜けてノーザンホテル315号室の鍵で謎の部屋(ホテルの地下?)に入る。 いろいろあってクーパーが過去に戻り、ローラが殺されなかった世界を作る。 ここまでが17話。 で、18話で、色々な謎が回収されて、クーパーがTWIN PEAKSに戻ってくるのかと思いきや、全くそんな事はなく、ローラが殺されなかった世界の25年後でクーパーはローラになるべきだった女性(?)を連れてTWIN PEAKSへ。 ローラになるべきだった女性(?)をローラが住んでいた家に連れていってローラの母親にあわせようとするが、別の人が住んでいる。 クーパーはローラになるべきだった女性(?)に「今は何年だ?」と訊く。 更に謎が増えて終了。 リンダは誰だったのか? 結局少佐に何が起こったのか? 虫が入って行った女性はローラの母親だったのか? 7日間で消えたもうひとりの捜査官の行方は? オー...

Jonathan Demme「羊たちの沈黙」

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Huluで映画版を再見。 劇場公開時、WOWOW、DVDと3回は見ている筈なのに、 例によって細かい部分は相当忘れていた。 チルトン博士はほぼ原作通りに「活躍」していた(心理描写は大幅に省略)。 クロフォードの妻の話、クラリスのFBI訓練生としての進路問題話は全面カット。 以前の殺人の話や蛾の正体の話は大幅に省略して語られ、 映画の中盤でストーリーは「上院議員の娘を救出できるか?」にほぼ絞られる。 原作のレクター博士は「小柄でほっそりした男」だがこの改変は特に何の問題もない。 他の原作から脚色は、クライマックスの<ひっかけモンタージュ>が秀逸だが、 レクター博士の監獄を鉄格子+網から透明な板に変えたのは地味ながらグッドアイディア。 これにより博士とクラリスの物理的な距離はぐっと縮まり、 撮り方によって何にも遮られずに向かいあっているようにも見える。 博士が警官を警棒で殴り殺すシーン、原作では一撃だが映画は何度も殴る。 このショットの博士は口をあけてやや興奮しているようにも見える表情なのだが、 もっと淡々と無表情にだったらもっと怖かった。 ラストでレクターがクラリスに電話をするのは完全な映画オリジナル、 「I'm having an old friend for dinner.」を映画史に残る名台詞。 old friendはチルトン博士。 なぜこのラストを忘れてしまっていたのか…。 Jodie Fosterの劇場鑑賞の印象記憶はなせか「長身スレンダー」になっていた。 Hulu版を見るとおしりが大いずんぐり体型でどうみても「長身スレンダー」はない。 役柄に合わせて記憶が修正されていたのかもしれない。 あまり口舌がよくない(くぐもったような発音)のも今回初めて気付いた。 Jodie Fosterプロフィール