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小林正樹「この広い空のどこかに」雑感

 「ふぞろいの林檎たち」と共通の要素多数(古い酒屋、父親はいない、母親・長男(今の主人)・長男の嫁・弟という人物配置)。「この広い空のどこかに」の高峰秀子は「ふぞろいの林檎たち」にはいないキャラだが「ふぞろい…」の病気を抱えている長男の嫁(根岸季衣)は、高嶺秀子と久我美子を足したキャラと言えなくもない。佐田啓二演じる長男の名前は良一、中井貴一演じる弟の名前は良雄。山田太一がこの映画を全く知らなかったとしたら偶然の一致が多すぎる?

金子修介「百合の雨音」雑感

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金子修介「百合の雨音」HT渋谷   木管とピアノと弦のジブリ(トトロ)っぽい音楽が非常に印象的。 どことなくアニミズムを想起させるこの音楽が、合っているような合ってないような、何度も流れるうちにだんだん合っているような気がしてくる。この音楽は、女性同士の性愛シーンだけに使われていて、男と女の性愛シーンは無音だった気がする。 出版社が舞台の歪んだ四角関係の話。 誰も本気で愛してない、と思いきや、そうでもない事が後半判明。 小説家志望の男性の母親は誰なのか? おそらく過去の出来事としてモノクロで描かれる制服姿のふたりの女性、ひとりは主人公だと思って観ていたが、そうではなく、どちらかが小説家志望の男性の母親で、どちらも生まれ変わっていた、という事なのか?? 世の中にアダルトビデオもレンタルビデオ店も存在していなかった頃、映画館で初めてロマンポルノを最前列で観て、その性愛シーンに10代後半の僕は素直に興奮していたが、あれから40年、ネットで無限に見られるようになったいまは、一般映画のソフトな性愛シーンはむしろドラマ進行の妨げと感じる事さえあるが、この作品の女性同士の性愛シーンは、繊細な照明と奇妙な音楽で、性的な興奮こそないが、まずまず楽しめた。ホテルの部屋の照明がそうなっているという設定なのか、主人公と室長の裸体を照らす光が、赤っぽい色〜青っぽい色に微妙に変化。このライティングと前記の音楽で、なんともいえない不思議な境地に誘われた。

安彦良和「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」雑感

安彦良和「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」TOHOシネマズ六本木ヒルズ 直前に観た「トップガン マーヴェリック」は、どこを切ってもいかにも映画らしい、骨太で魅力的な作品だったが、こっちは何から何まで映画っぽくない残念な作品だった。     特にダメなのはストーリーの流れ。 うまく言葉で説明できないのだが、映画的な流れ、波、リズム感がない。 殆ど全てのシーンがバラバラに存在して、とってつけたような音楽が流れている感じ。 ファーストガンダムのリアレンジされた音楽がかかっても、そこに至る流れが悪いので殆どときめかない。 安彦良和自身がコンテを切って音楽の使い方を決めているのだとすれば、厳しい言い方をすれば、安彦良和には映画的センスというものが圧倒的に不足しているのではないだろうか。 もしくは僕が映画的と感じるものと安彦のそれは全く異なるのか。絵そのものはキレイではあるが、絵が動く楽しさ(アニメ的なハッタリ)があるショットは殆どなかった印象。マンガ作品には印象的なカットがたくさんあった気がするので、安彦良和の一番資質が生きるのは、人物の止め絵なのかもしれない(原画向きの才能)。 監督(安彦良和)、副監督(イムガヒ)、脚本(根元歳三)の誰に一番の責任があるのか判らないが、この程度の作品しか作れないのなら、作らない方がマシだった気さえする駄作。 テレビ版の方が(絵は最低だったが)話自体はまだマシだったような気がする。 開始からしばらくの間は、ファーストガンダムの<新作>を40年ぶりに映画館で観ている、という感傷的な気分があったのだが、それが持続したのはせいぜい15分程度。 殆どのキャラが声が違うので当時観ていたのと同じ人物には感じられず。 セイラ・マスは井上遥とはかなり違う声・発声。 マ・クベはオリジナルには及ばないものの悪くない。 ゴップとエルランはごくごく普通の発声で独特の味が薄れた感じ。 テレビシリーズでも映画版でも殆ど活躍する場面がなかったジョブ・ジョンにたくさん台詞があったのは良かった。できればオムルもコパイで連れて行って欲しかった。 公開初日の3回目の回はガラガラだった(多分客数10人程度)。 ※2022.06.05追記 テレビ版をほぼ当時ぶりに見返してみたがテレビ版もそれほどでもなかった。 中盤のこの辺りの回は、スポンサー(おも...

Joseph Kosinski「トップガン マーヴェリック」雑感

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Joseph Kosinski「トップガン マーヴェリック」TOHOシネマズ六本木ヒルズ 骨太の映画らしい映画。  予想通りに展開してもきっちり動かされる。 CG以前はこういう映画はたくさんあった気がする。 1970年代の映画の趣。 物語、キャラクター、意匠、音楽など、諸々、これぞ続編。 30年以上のインターバルを経てここまで続編らしい続編は前代未聞。 そもそもインターバル30年以上の続編は他に例があるのだろうか?  戦闘機の飛行シーンは言うまでもない相当な迫力。 操縦席に数台のIMAXカメラを設置して撮影、CGは一切使っていないらしい。 狭い峽谷を高速・低高度で飛行して小さな目標に命中させる、というミッションは、誰が見てもSTAR WARS EP4に酷似。最後に襲ってくる敵戦闘機のパイロットのルックも寄せている!? まもなく60歳になるトム・クルーズの現役感! 上半身裸でサングラスをかけてロングで素早い編集だと若い連中と区別できないw 攻防同時のフットボール(ボール2個)は初めて見た。 ヒロイン・Jennifer Connellyも年齢を感じさせない現役感(1970年誕生)。 前作で他の人物の台詞で言及される「司令官の娘」。 ※2022.06.10追記 宇多丸さんも最大級の絶賛。 宇多丸さんの評を聞いたらもう一度観たくなってきた。

樋口真嗣「シン・ウルトラマン」雑感

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樋口真嗣「シン・ウルトラマン」2022年公開 TOHOシネマズ渋谷で鑑賞。 ウルトラマンさえ国家の管理下に置こうとする政府・自衛隊関係者の悪戦苦闘を「シン・ゴジラ」と同様の手法で描く展開を予想していたが外れた。 「シン・ゴジラ」はゴジラvs人間でシンプルな構造だが、今作は戦うのは基本的にウルトラマンで、そこを補強する物語や人間ドラマはいまいちの感。 「シン・ゴジラ」の面白さと斬新さは、現実世界に本当にゴジラが出現したらどうなるかという話を、ファンタジー色と人間ドラマを排除して、ドキュメンタリー的なルックで最初から最後まで描ききった所にあったが、「シン・ウルトラマン」はそれに近い方法論を踏襲しつつ、いろいろ他の要素を取り入れて、全体的には逆に薄味になったような印象。 ウルトラマン(ウルトラきょうだい)は全面的に地球の味方かと思いきや、ゾフィーが太陽系ごと殲滅させるべくゼットンを出撃(?)させる、という驚きの展開。宇宙空間に佇むゼットンはエヴァの使徒風。 オリジナルのタイトル・音楽ががんがん使われる序盤は普通に楽しい。 シン・ゴジラ風太明テロップ出まくりは冒頭だけ(表示時間が短かすぎて読みきれないw)。 6月3日宇多丸さん、まずは褒めてから怒涛のダメ出し。全体的には若干否定寄り? 宇多丸さんは「冒頭で「シン・ゴジラ」とはリアリティラインが違うという事が判る」みたいな事を言っていたが、どこで判るのだろう? 僕はシン・ゴジラ風太明テロップでまくりの冒頭で「シン・ゴジラと同じ世界観で同じような展開なんだ」と思ってしまったのだが…。 ○シン・ゴジラのタイトルがシン・ウルトラマンのタイトルにつながる ○シン・ゴジラ風太明テロップでまくり 上記2点を排除して「シン・ゴジラ」とは明確に違うルックで始まってくれた方が、最初から全く別系統の作品として楽しめた気がするのは、1回だけ観た現時点での素直な感想。  

劇団ひとり「青天の霹靂」雑感

劇団ひとり「青天の霹靂」2014年公開 U-NEXT タイムスリップして若い両親に会う。 もっと色々展開があるかと思ったらそうでもない。 枝葉を落とせば30分でも語れそうな展開。 風間杜夫起用は「異人たちとの夏」オマージュ? 劇中で最も大きな決断をするのは母親の柴咲コウだが、 たとえ自分の命を落としても出産する事を決意するに至る心理は殆ど描かれない。 主人公は一番大きな話がある人物のそばにいるという構造は「浅草キッド」と同様。

谷口正晃「シグナル 月曜日のルカ」雑感

 谷口正晃「シグナル 月曜日のルカ」2012年公開 U-NEXT ヒロイン三根梓と古い映画館以外にこれといって見どころなし。 強調する部分が違うので意味が伝わりにくい言い方の台詞散見。 昔の出来事のトラウマを抱えて心を閉ざしているという物語にはどうも興味が持てない。 それでもなお明るくふるまっていまを生きるという物語に惹かれる。 何がどうなろうととも最終的には死ぬのだから、途中下車してそこにひきずられないように、どれだけ小さな炎でもいいからこの瞬間を燃焼したい。その燃料になる音楽・小説・マンガ・ドラマ・映画・スポーツetc.に日々触れていたい。 この作品は僕にとってはあまり燃料にならない作品だった。

Clint Eastwood「クライ・マッチョ」雑感

Clint Eastwood「クライ・マッチョ」2021年公開 U-NEXT オミクロン株のせいで劇場公開は見逃した(22年1月公開)。初見直後の率直な感想としては、さすがのイーストウッドも、監督としても俳優としても衰えた感が強い。1930年生まれ(撮影当時91歳?)の実年齢にしては勿論相当頑張ってはいるが、毛髪は薄くなり、背中と膝は曲がっていて、滑舌も衰えていて、まだまだ何でもできる、女性に対してもまだまだ現役、というこの映画の役柄はさすがに時に痛々しく、脳内で30年くらい前のイーストウッドに変換しながら見た。 主人公側の2回のピンチを同じ手が救う(連れ歩く鶏が襲う)。 全体的に主人公側に甘い展開。 メヒコのムード(光、空気感、音楽)は悪くない。 この魅力は劇場の大きなスクリーンで観ればもっとしっかり味わえたと思う。

金子修介「みんなあげちゃう」雑感

金子修介「みんなあげちゃう」1985年公開 U-NEXT 公開当時に劇場で見た筈だが殆ど忘れていた。 ヒロイン・浅野なつみにサインを貰ったような朧げな記憶があるのだが、この記憶が確かなら、アルバイトをしていた池袋北口にっかつで舞台挨拶があり、事務室で待機中か登壇前にサインを貰ったのだろう。 ロマンポルノではなく、R指定の一般映画の筈だが、浅野なつみは序盤から脱ぎまくり。

内山拓也「佐々木、イン、マイマイン」雑感

内山拓也「佐々木、イン、マイマイン」U-NEXT 結局22年4月も一度も映画館に行かず、月末で失効するU-NEXTのポイントがあったので、ポイントを使って鑑賞。宇多丸さんがけっこうホメていた事は覚えているが、どういう風にホメていたかは全く想い出せない。 初見の感想としては、うまく言葉で言えないが、生理的にノレなかった。 藤原季節(悠二)の台詞の言い方(特に序盤の感情を乗せる台詞)が、あまり上手く感じられないと言うか、例の自然にやろうとする演技が一周してどこかひっかかる感じ、のように感じられ、この小さな違和感のような感覚が結局最後まで続いた。 泣いている赤ん坊を抱いて悠二がふいに涙を流す長いショット(おそらく最重要ショット)。 自分に子供がいる人はなにかしら動かされるショットなのではないかと想像するが、子供を持たない僕は、自分が大人になってからは、赤ん坊の泣き声は生理的に不快という感情しか湧き上がってこない。6歳年下の妹が赤ん坊だった頃の泣き声は不快に感じた記憶はないが、自分の子供や自分の身内の子供の泣き声はそれほど気にならないのだろうか。いずれにせよ子供の誕生は間違いなく青春の終わりの具象であり、このショットは、見る者に子供がいるかどうか、または将来子供を持つ事を強く現実的に強く意識しているかどうかで、全く受け止め方が異なるショットになる気がする。 根本的な疑問として、友人が高校の教室で服を脱いで全裸になるのを囃し立てて見る事は、そんなに楽しい事なのだろうか? もしあの教室にいたら、僕は囃し立てには参加せずに見て見ぬふりをするか、もしくは、黙ってひとりで教室から出て行ったような気がする。もう少し上の年齢で、例えば大学3年のサークルの海辺の夏合宿で、さんざん酒を飲んだ上で、その場に女子部員もいて、なにかとんでもない展開になる予感がなきにしもあらずな状況なら、囃し立てるのも、自分が脱ぐのも辞さない気はするのだが、そうなると全然意味は違ってきてしまう。つまり、佐々木が全裸になる事に性的な意味はなく、むしろ、脱ぐ事にどういう意味もない程に無意味(男子高校生的無意味な馬鹿騒ぎ)の象徴でしかない、という事なのだろう。 もっとつっこんで考えると、佐々木というキャラは、あんな風に裸になるが、あえて性的な行動から遠ざけられている、という解釈も可能かもしれない。男4人のうち2人は結婚し...

田中絹代「月は上りぬ」雑感

田中絹代「月は上りぬ」1955年公開 Amazonで鑑賞。初見。 基本的な展開とムードは小津的(脚本のひとりは小津安二郎、音楽は斎藤高順)。斎藤高順の 緩やかな音楽には、「秋日和」か「秋刀魚の味」で使われていた音楽と殆ど同じメロディラインの曲があった。 時々小津っぽい正面バストショットはあるものの、画は基本的には小津とは異なり、普通の高さのカメポジ多数。イマジナリーラインの越え方も小津とは異なり、ふたりの人物をロングで捉えたショットで逆側にまたぐ(数回あり)。 杉葉子も北原三枝も、親に相談する事なく、自分たちの意思だけで恋愛結婚を決めるのは、この当時としては最先端?  ふたりの女中さんに対する態度と言葉使いに、この当時は身分制度が厳然と存在している事を 再確認(小林信彦によれば身分制度が崩壊して行くのは1960年代以降)。 冒頭とラスト間際で寺で集団で唱えていたお経のようなのはなんだろう?  笠智衆がクラス会でやっていた詩吟とは調子や抑揚の感じが違うように聞こえるのだが。  

Charles Chaplin「独裁者」雑感

Charles Chaplin「独裁者」1940年 125分 Netflix きちんと見るのは初めて。 ラストの有名な演説、最初は静かに語りかけるように話すが、次第に激しくシャウトする演説調になり「平和の為に戦おう」という内容になる。理想を現実にするのは難しい、という皮肉だろうか? その次のショット(作品のラストショット)の女性の背後の空は曇り空。

Gavin Rothery「アーカイヴ」雑感

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Gavin Rothery「アーカイヴ」2020年公開 Amazon 【ネタバレ注意】 死んだ妻を人間型アンドロイドとして蘇らせようとする。 よくある話ではあるが、どう展開させるかは興味深く、その工程が進むに連れて初期モデルが嫉妬する、というサブプロットも悪くないが、展開がいまいちで辻褄があわない箇所も多数。残り30分あたりで、これは夢オチ、もしくは、実は主人公の方が死んでいる? …と思って見ていたら、後者だった。 意識や記憶を全てサイバースペースにアップロードする事は、AIの発展によって荒唐無稽な夢物語ではなくなりつつある(井上智洋「人工知能と経済の未来」P49)。この作品では3体のロボットに段階を踏んで移植・実験しているようだが、移植の具体的プロセスや段階を踏む必然性はよく判らなかった。 エヴァンゲリオン(直近の劇場版2作)やマトリックスシリーズは、何がどうなっているかよく判らくても何故か楽しめたが、今作はダメだった。どうも夢オチ的な話は僕の好みにはよあわないようだ。一発で耳に残るような印象的な音楽もなかった。 枝葉をばっさり切って30分にまとめた「ブラック・ミラー」の1エピソードだったら、もう少し楽しめたかも、と夢想。

Rob Reiner「恋人たちの予感」雑感

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Rob Reiner「恋人たちの予感」1989年公開(U-NEXT) 公開時の劇場、レンタルビデオ、WOWOW、DVD(購入)、Blu-ray(購入)で過去に少なくとも6回は鑑賞しているが、配信での鑑賞は今回が初。日本語字幕はディスク版と多分同じ(違和感を感じる部分はなかった)。 一言で言えば、男女の友情が1回のセックスで壊れて最終的にヨリを戻して結婚する話。 セックスしてしまうまでは、殆ど全てのシーンにコミカルなオチがついている。 初見の中学生が笑えるような単純なオチではなく、ソフィスティケイテッドで コミカルな大人の会話劇の脚本として多いに参考になる。 基本的に大好きな作品なのだが、セックス以降の終盤は、コミカルな部分も減り、見る度に他の展開案を夢想してしまう。少なくともハリーは、やはり最初から好きだった(嫌いではなかった)という事になってしまうのだろうが、ハプニング的なセックスは陳腐と言えば陳腐で、友情を極めた先にセックスを超越した関係性が生じる、みたいな展開を夢想してしまう。 これもありがちではあるが、子供が欲しいのでその為だけにセックスして、やがて本当に好きになってしまう、という展開もありだったかも。子供に対する無意識の執着(スパイゲーム=家族が見えた、イラストのゲーム=ベイビー・トーク)とも取れるフリもこの展開なら回収できる。 ジョー(元カレ)が電話で結婚する事を報告してくる、という展開もちょっと強引。ジョーと別れた後になんでも電話で話す仲になっていたというフリもない。どこかで偶然会う方がベターなのだが、そうなっていないのはジョー役の俳優の香盤表の問題か? 2回目の再会シーンにCarrie Fisherがいる必然性はない。 2対2のセットアップで初対面の方がこのシーンの面白さも増す筈。 恋人たちの予感 作品データ  

John Hughes「ブレックファスト・クラブ」雑感

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John Hughes「ブレックファスト・クラブ」1986年日本公開(1985年制作) 通算4〜5回目の鑑賞だが、何度観てもこの作品を心底からは好きになれない要素が2つある。 ひとつは不良男・Judd Nelsonのルックス。 アクが強すぎる顔、デカすぎる鼻がどうにも生理的にダメ。 脇でたまに映るだけなら良いのだが、集団をかきまわして物語を動かすメインパートで、クロウスアップもたくさんある。クロウスアップ(特にアオリのクロウスアップ)はキツい。 もうひとつは最後にとってつけたように2組がカップルっぽくなる着地。 Molly RingwaldとJudd Nelsonはまだ物語のパターンとしては理解できなくもないが(それにしても川を渡る瞬間は描かれていない気はする)、お嬢様っぽい髪型・メイク・服装にしたAlly SheedyがEmilio Estevezとくっつくのが良き事のように描かれているのは非常に疑問。そもそも、元のファッションの方が魅力的に見える。 土曜日の図書館で一瞬心を通わせて一緒に踊ったりするが、月曜日にはそれぞれの世界のそれぞれの日常に戻っている、という着地の方が良かったと思う。 ブレックファスト・クラブ 作品データ

Lana Wachowski「マトリックス レザレクションズ」雑感

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Lana Wachowski「マトリックス レザレクションズ」109シネマズ二子玉川  一言で言えば、なんだかよく判らないが面白い映画。 過去3作は劇場公開時、DVD購入時に加えて1〜2回、各3〜4回は見ている筈だが、大きな設定・世界観以外はよく判らない展開が多かった。今作も過去3作と同様、殆どの展開は何がどうなっているかよく判らない。一言で言えば、<ネオとトリニティが再び目覚める話>だが、例えば、冒頭の展開が時系列的にどこに繋がるかもよく判らない。 常に事態は進行中で、上映時間は長いが、特にダレる部分はなかった。 モンタージュ・シークエンスが使われるのは事態が動く前の「繰り返される日常」部分のみ。 電話線(ハードライン)を使ってマトリックスから現実世界に戻る、という設定がなくなったらしいが、どうやって戻るのか(どうなったら戻れないのか)はよく判らなかった。 よく判らない=つまらないではなく、アクションシーンは普通に楽しく、よく理解できない事を話しているシーンもそれなりに楽しい。いずれにせよ、予備知識なしで1回観ただけでは設定やルールを理解するのは至難の業。 字幕のカタカナ表記は「マトリックス」「ネオ」だが、実際の発音は「メイトリックス」「ニオ」が一番近いように聞こえる。 そもそも、世の中にある物事で、全てを完全に判るものなんてありはしない。 自分の事だってよく判らないし、自分が実際に体験した事だって殆どは忘却の彼方。 自分が体験した事でそれなりに覚えている事は人生全体の1万分の1程度ではないか?  本や映画に触れて判った気がするのも、判った気がする部分に関してそう思うだけ。 それも単なる誤解か勘違いかもしれない。 基本的な設定・世界観は判るが、ミッションの勝利条件がよく判らない、人物同士の会話がよく判らない(意味が判らない言葉がある)という展開が続くにも関わらず、なぜか観ていて飽きない、という皮膚感覚は、エヴァンゲリオンの直近の2本に似ている。映画の根本の本質に関わる共通した何かがあるのかもしれない。動く映像と音と音楽を<体感>する事が映画の一番の本質で、言葉で説明できるストーリーは副次的。自宅の小さなモニターと限定された音環境では映画の本質的魅力は大幅に減少する。 ※宇多丸さんもまあまあ近い文脈でエヴァンゲリオンとの相似に言及(21/12/24...

劇団ひとり「浅草キッド」雑感

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劇団ひとり「浅草キッド」2021年配信(Netflix) 芸人ものやバックステージものは大好きなので、充分楽しめたが、世間に絶賛評が溢れているようなので、あえて、気になった点に触れてみたい。 複雑な入れ子構造で、主人公たけしが、コンビの駆け出しの頃、更に遡ってフランス座時代、売れ始めた頃を回想して冒頭の時期(現代?)に戻る構造だが、たけしの師匠・深見に関するストーリーの強度と深見役・大泉洋の演技のインパクトが非常に強烈で、明確に深見を主人公にして構成した方がもっと良かったのではないか、と感じてしまった。特にそれを感じるのはラストの<あの頃のフランス座>を歩くほぼワンショットの長廻し。たけしが回想するこのパターンもそこそこ感動的ではあるのだが、これが一番生きるのは死ぬ間際に見る最期の夢(例「タイタニック」のラスト)。映画全体が完全に深見の話になっていて、この部分が、深見が死ぬ間際に見た最期の夢(深見が劇場内を歩き回る)だったなら、更に感動的だったのではないか。 AIが劇的に進化して、今後の配信コンテンツに起こりそうな機能を夢想する。 オリジナルバージョンとは別に、視聴者が希望する方向/尺にあわせて、AIが個別に再構成・再編集を瞬時に行なって視聴者に提供するようになる(ひとつのコンテンツは、オリジナルバージョン以外に視聴者が設定した数の別バージョンを持つ事になる)。 例えば、以下3つの別バージョンをAIが提供してくれるのならば、 ①深見の話にする(構造を変えてたけしの話を減らす) ②たけし/深見が並立する話にする(上り坂の芸人と下り坂の芸人が浅草ですれ違う話) ③もっと明確にたけしの話にする(深見の話を減らす) 僕が一番見たいのは①だが、②のバージョンも興味深い。 ②のバージョンでラストは誰の視線か限定させない(現在のたけしを登場させない、カメラだけがPOV風に移動する)というパターンまで指定できるようになっているかもしれない。 現行バージョンでたけしの話を強化するならどうするか? 深見の話をもっとたけし目線で語る。 例えば、深見初登場シーンは、深見が劇場に入って行くとたけしがいる(現行)ではなく、たけしとおばちゃんが弟子入りの相談をしている所に深見が来る、という流れで、全てたけしの立場から語る。たけしが賞金を渡しに行くシーンは、タクシーを降りたたけしを追って、たけしが...

John Hughes「すてきな片想い」雑感

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John Hughes「すてきな片想い」1985年日本公開(1984年制作) 80年代に多数の青春映画を製作・監督したジョン・ヒューズの初監督作品。 過去に3回は見ている筈だが結構細かい部分を忘れていた。他の ジョン・ヒューズ 系作品と記憶がごっちゃになっていた部分も多数。 ジョン・ヒューズ 系青春映画の中で一番好きな「恋しくて」に比べると、メインの恋愛話に強烈な物語はない(少女マンガのような展開に着地)。物語冒頭からお互いに好意を持っている事は判っていて、すれ違いのみの展開で、恋の成就に対する大きな障害はない。 挫折や成長が主人公に必要な要素と考えるなら、Molly Ringwaldより、むしろAnthony Michael Hallの方が主人公にふさわしい。前半はかなりMolly Ringwaldに執着しているが、最後はMichael Schoefflingのガールフレンドと仲良くなって満足しているように見える。 ストーリーの大枠は恋人交換モノの変型とも言える。 主人公Molly Ringwaldの相手役がいまいち魅力不足で、とってつけたようなラストは正直気に入らない、と見る度に毎回感じていた気がするが、50代半ばのいまの視点で見ると、全ての恋愛映画はファンタジーに思えてどんな結末も許せる。本当のリアルは恋愛の熱が覚めた後にある身も蓋もない話。若い頃の恋愛を突き動かすエンジンは、誤解と妄想と性欲に過ぎないという事はトシを取れば明白だが、当時はそこまで自覚的ではない。若い時は心の衝動を純粋な恋愛感情と思って突き進めるなら突き進む方がいい、言葉に出して行動すれば関係は一夜で進む事もある、という一種の皮肉を込めた話と解釈したい。25歳を過ぎれば打算抜きの純粋な衝動ではなかなか突き進めない。 Molly Ringwaldは殆ど会話をした事もない憧れの上級生に誘われて、ふたりだけで自らの16歳の誕生日を祝う(ラストシーン)。この恋愛がこのままずっと続くとは到底思えないが、それでも結局何もないまま15歳の1年間が過ぎた、という結果になるよりはいい、と作り手は思っていると想像する。 音楽の使い方が独特で面白い。 登場の度に繰り返しかかるAnthony Michael Hallの短いテーマ。 自分の部屋にいる祖父母に気づかれたくない時にかかるサスペンス。 ヒロインMolly R...

河崎義祐「プルメリアの伝説 天国のキッス」雑感

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河崎義祐「プルメリアの伝説 天国のキッス」1983年公開 初見。 1983年公開だが、60年代〜70年代の映画・ドラマのようなムード。 身分違いの恋、すれ違い、過剰な復讐など、既視感ありまくりの展開だが、やっぱり東宝だから全体的に緩いなあ、と思って見ていたら、最後は松田聖子死亡と唐突に大映。 当時20代前半でアイドル絶頂期の松田聖子のルックスは、正直、髪型・メイク・角度・照明すべて最高の仕事をしてもクロウスアップはどうか?というレベル。実際、この作品でも、アイドル映画としてはクロウスアップは少ない。バストショット程度が丁度いいw 歌番組やバラエティのコントでもあまり見られない松田聖子のあれこれ。 日舞、将棋、ヤクザの女親分(空想)、みこしかつぎ、など。 ハワイが舞台なので当然あるかと思った水着姿はなし。 少し口を開けて交わす中井貴一とのキスはアイドルの域を超えてエロティック。 松田聖子を眺めるアイドル映画としては、ストーリーはなんでもよく、松田聖子の様々な顔や感情を眺める事ができれば正解なのだろうが、その点は少し物足りない。感情を爆発させる表情を見られるショットがもっとあってもいい。 松田聖子プロフィール

Michael Hoffman「プロミスト・ランド 青春の絆」雑感

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Michael Hoffman「プロミスト・ランド 青春の絆」1987年制作 この作品も「レス・ザン・ゼロ」と同様に、レンタルビデオを初めて見た時から妙に心が騒ぐ作品。初見から30年たったいま見ても、当時と同様に心が騒ぐが、それをうまく言葉で説明する事ができない。 雪原(道路は見えない)をクルマがまっすぐ進んで行くシーン(36分頃)。まわりこむカメラ。この世の果てのようなに見える景色。なぜこのショットに妙に魅かれるのか、よく判らない。言葉で説明できない何か。 路端に停めたクルマの刹那的なカーセックスの美しさと哀しさ(38分頃)。 見る人によっては、単に寄る辺なきふたりが慰めあっているだけの、みじめなシーンに見えるかもしれないが、僕はこのシーンにも心のざわめきを抑えられない。こんな場所での刹那的な情交でも、このふたりにとっては(当人は気づかない)ever lasting moment。 クライマックスのサークルK強盗シーン、ダニーがパトカーのデイヴィーに気付くくだりはちょっと判りにくい。窓のすぐそばのスペースに停めた瞬間のデイヴィーのクロウスアップショットが欲しかった(86分頃)。 映画のお約束としては「シックス・センス」と同様に、事実上即死、という事なのだろうが、ドラマ「ER」をさんざん見た後では、腹を撃たれただけならまだなんとか助かるのでは? と思ってしまう。 ラブコメの女王と呼ばれる前のMeg Ryan(1961年誕生)が、赤髪・タトゥー入れまくりの不良娘を好演、ちょっとハスキーな声が役に合っている。一瞬乳首を見せるのは23分頃。最初の代表作「 恋人たちの予感」はこの作品の2年後。 プロミスト・ランド 青春の絆 作品データ