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英勉「ぐらんぶる」雑感

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 英勉「ぐらんぶる」実写映画 Amazon 予備知識なしで鑑賞。 冒頭から繰り返される全裸のタイムリープ!? の真相は、泥酔して野球拳で何度も全裸にされた、という事らしい。どんなに泥酔してもそこまで記憶を失う事はないと思うのだが、つまりはそういう世界観の話、という事なのだろう。 全編続くマンガ・アニメノリの展開・演出はどうにも好きにはなれないが、海と女優はきれいなので、なんとなく眺める分にはいいかも。鍛えている男性の裸もたくさん登場する。 酒に酔った与田祐希が金属バットを振り回して暴れるシーン、台詞や動きが程々の乱暴なレベルにとどまっているのでそれほど弾けない。バットを振る速度はポスプロで加工してでももっとヤバい速さにして欲しかった。 ぐらんぶる 作品データ

庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」

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庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」中公文庫 17年ぶりに再読。 「ライ麦」っぽい感じ、という事以外、何もかも忘れていた。 「桃尻娘」と同様に告白体に近い一人称。 由美の母親の曖昧な言い方など、台詞は面白いのだが、会話自体が多くない。 朝にガールフレンドとケンカして夕方に仲直りする1日の話(1969年2月9日)。 この間に「白衣の下は全裸の女医」「小林が来て一方的に語る話」「銀座で小さな女の子に足を踏まれる話」などの「現在(眼の前で起きている出来事とリアクション)」が入るが、大半は「過去の出来事のふりかえり」か「熟考された意見や思想の表明」。「桃尻娘」の1作目の5作品はほぼ全編「現在(眼の前で起きている出来事とリアクション)」を語っているがこの5作はいずれも短編。このような普通の「青春の1日」を題材にして、ある程度の長さでほぼ全編「現在」というのは意外に難しい(プラス実は読みにくい?)のかもしれない。 小さな女の子に足を踏まれる話の不自然さ(声を発したわけでもないのに女の子はなぜ痛がっている事に気付いた?「だいじょうぶ」と答えたにも関わらずなぜ離れようとしなかった?)は、魂が共鳴しあう相手との奇跡的な出会いを秘かに際立たせる為に、狙って不自然に思える描写をしているのだろうか? 自分も悩んでいる時期(20歳前後)に読んで主人公と一緒に悩むのが、この作品にもっと寄り添う読み方。50歳を過ぎたいま読むと、当時の自分を思い出しもするが、このように悩んでいる若者に対しては、「若いうちにやった方が楽しい事をやって方がいいよ。どっちにしたって気がついたら青春は終わってるんだから」と言いたくなる。こんな事を言いたい心境になっている事は紛れもなくとっくに青春が過ぎ去った証拠なのだろうw 登場人物 薫 主人公 上にきょうだい4人 東大法学部進学をやめる 由美 ガールフレンド 幼馴染み 松岡 女の子を紹介してくれる(便利すぎるキャラクター) 小林 慶応大学志望 一方的長台詞 影の主人公

橋本治「帰って来た桃尻娘」

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橋本治「帰って来た桃尻娘」講談社文庫 桃尻娘シリーズ3作目。 1作目2作目に比べて1編が長くなり、決して詰まらなくはないが、文体はどんどん普通になり、1作目の強烈な印象、2作目にそこそこ強烈な印象に比べると、3作目は長くなった分印象は希薄になった。読みやすさで言えば2作目に比べて更に読みやすくなったが、説明しすぎでかったるいと感じた部分もあった。 1作目は、告白体っぽい文体(「現在」の意識の独白)にいきなり「現在」の出来事(主に台詞)がカットインして来て、青春のごく短い「現在」だけを嵐のように描いてさっさと(短めに)終わってしまう。告白体っぽい文体(強烈な話し言葉)で「現在」を描くのが、およそ他の例が思い浮かばない程斬新で強烈。このインパクトを超える程のモノは2作目3作目には正直感じられなかった。 このシリーズは6まであるようだが講談社文庫に入っておらず、簡単には入手できないようなので、今回はここまでしておいて、この勢いで(笑)庄司薫4部作を再読する。 登場人物メモ 榊原玲奈…モモジリムスメ 磯村薫…美少年 木川田源一…カマゲン 滝上に失恋して磯村と交際 醒井涼子…お嬢様 滝上の子供を堕胎 松村…玲奈と短期間交際 田中…野草の会 女たらし 利倉…田中の友人 江古田在住