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柳沢きみお「翔んだカップル」雑感

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柳沢きみお「翔んだカップル」週刊少年マガジン連載(78年〜81年) ◯げんざい2巻の途中まで。高校生のクラスメイトがふたりで同居するという基本設定以外は殆ど忘れていた。不動産屋の手違いでクラスメイトの美少女・山葉圭と一軒家で同居する事になった主人公・田代勇介は、当たり前のように、最初から「出ていってくれ」と圭に言う。単行本2巻からはメガネの秀才・杉村との仲が進展して、同棲を持ちかけられて断るが、いきなりキスされて、三角関係の様相を呈してくる。 ◯一目惚れした圭と一緒に住めるなら、素直に喜んで、あわよくばこっそり仲良くなればいいし、そっちが無理なら、明確に誘ってくれている杉村とセックスしてしまえばいい。57歳の僕はいまなら単純にそう思ってしまうのだが、それでは少年マンガのストーリーにはならないので勇介は当然逡巡する。<逡巡>がこの作品のメインテーマで、大人になった後の続編、続々編でも続いていったような気がする。 ◯16歳の勇介が逡巡する感情は多少は判らなくもない。僕も10代の頃は自分の性欲に対して若干後ろめたいような感情があった。ありていに言えば、好きだからセックスしたいのか、セックスしたいから好きな気がするだけなのか、自分でもよく判らない、という禅問答。 ◯引越し準備の断捨離で紙のマンガ単行本は殆ど処分したのだが、柳沢きみおの作品は、ダンボールが一時的にきれた関係で処分せず、久々に紙の本で読んでいる、iPadで読むよりも活字も小さくて読みにくいが、紙ならではの味わいはたしかにある。手と指が覚えてる初めてこづかいで買った「サーキットの狼」を何度も読み返した記憶。読み返したい頁をパラパラめくって探すのはiPadの全頁一覧表示に比べれば面倒だが、紙の本パラパラの方が指は楽しい。(2023/02/08) --------------------------- ◯2巻を読了。本来なら全シリーズ全巻読み終えてから書くべきなのだが、あえてその都度書いてその都度あげてみる。このマンガが連載されていた1978年当時、作品の感想を広く世間に発表する手段は、新聞・雑誌・ラジオへの投稿程度しかかった。いまなら、SNS/ブログ/自分のホームページなど無数にある。これは、よく考えれば、本当に凄い事だ。例えばYouTubeで「このマンガを読んでみた」みたいな感じで読みながら感想を喋る動画なんかも...

大林宣彦「金田一耕助の冒険」雑感

大林宣彦「金田一耕助の冒険」1979年公開 初見。U-NEXTで鑑賞。 楽屋オチ満載の珍作。 晩年のなんでもありの萌芽は既にこの作品にあった。 なんでもありが文学・アート方面に寄れば晩年の作品群になり、エンタメ方面に寄ればこの作品のようになる、という事か。 この作品に比べれば大林監督の80年代の一連のアイドル映画は普通寄り。  

敷村良子「がんばっていきまっしょい」読書メモ

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敷村良子「がんばっていきまっしょい」幻冬舎文庫(2005年発行) ※マガジンハウス版単行本は1996年発行 読書メモによると、2000年にマガジンハウス版を読んでいるが、映画を見た直後に読んだせいか、あまり良い印象を持たなかった事しか覚えていない。 読書メモには「映画に比べて全然キャラが立ってない。映画(の脚本)の方が全然良い。 なんか日記みたい」と書いてあるが、そんな感想を持った事自体が忘却の彼方。21年前は映画の印象が強すぎて、映画版との相違に戸惑って消化できなかったのかもしれない、と想像する。 今回は21年前とは全く異る感想で、映画とは方向性が違うが、この原作にも独特な魅力があると感じた。 「走っていた」でという一文で始まる、短文を重ねる独特な短い文体。21年前の「なんか日記みたい」は否定的感想だったが、いま読むと、この独特な文体とリズムが魅力的。 一行空けのない段落間で映画の編集のようにポンと時間が跳ぶ構成も独特。終始ディープな内的主観と言える世界観は、映画の低音のノスタルジックな群像劇とは全く別物。 ただし、著者の文庫版あとがきに「めいっぱい赤字を入れた」とあるので、マガジンハウス版と今回の文庫版では、文体のリズムなどが変わっている可能性はある。 この20年間で僕自身の小説に対する感受性(特に青春小説に対する感受性)も多分多いに変化している。35歳の頃は、まだ自分の裡にあった青春の残滓のようなものが、距離を取って純粋に客観的に青春小説を読む事の障害になっていたかもしれないが、今はもうその残滓は少なくとも肉体的に実感できるレベルではほぼゼロで、10代後半に感じていた感情を思い出す事はできるが、自分の予想を越えたリアルな感覚が甦ってきて胸が苦しくなるような事はもう殆どない。年齢を経るにつれて、内部のこういう命のエネルギーそのもの、の・ようなものは、日に日に薄くなっていくのだろう。 原作・映画に共通するのは、うまくいくかどうか判らなくてもとにかく全力で挑戦する事が 重要、というテーマ。原作はボートと写真、映画はボートのみ。このテーマに合致する、最初からムリと思わずに打席に立ってバットを降る、という行動は映画のみ。 映画版との主な相違点 ◯腰を痛めた後半は大会では漕がない ◯カメラマンを目指して上京 ◯コーチは部のOBの中年の女性 ◯テンマ・カケルへの淡い恋心(映...

磯村一路「がんばっていきまっしょい」雑感

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 磯村一路「がんばっていきまっしょい」1998年公開 美しい海、規則正しい掛け声。 使われている音楽はほぼ全部なかなか良い。 当時の流行語も取り入れた「アイコ十六歳」は「現在進行系の青春」だが、この作品は「郷愁としての青春」を描いている。使われなくなっている現在の部室を描く冒頭のシーンが補強、初見では伝わりにくいか? ①女子ボート部設立とその歩み ②コーチが次第に心を開く ③主人公と幼馴染みの淡い恋 大きくまとめるとと3つある話のうち、②に関してはそこそこ語られているが、①と②は、ドラマティックに盛り上げようと思えばいくらでもできそうな話を、あえて抑制して語っている。レース映画にはつきものの「勝つのはどっちカットバック」もない。 繰り返されるキャッチ・ローの掛け声とともにボートが進んで万燈会がオーバーラップしてくるショット(93分頃)、例によってその魅力は言葉では説明しがたいが、あえて陳腐に読み解けば、人生とは、たまたま乗り合わせた船を誰かと一緒に進めて行くが、気がつけば自分も他の人もいなくなっている(死)…それでも、特に若い時に小さな船に乗り合わせて濃密な時間を一緒に過ごした記憶がある人は幸福なのだ。 夏の終りの空いている映画館でひとりで観てじっくりムードに浸りたい作品。 演出なのか、たまたまなのか、高校生を演じている俳優たちの演技は、よくいえば素朴、悪く言えば棒読みなのだが、当時の流行語を排除した方言の台詞は妙に響く。演技でここまでのレべルはなかなかない「スパート」の絶叫(漕がないので声を出すしかない、途中から声が枯れる)。 がんばっていきまっしょい作品データ

小峰元「アルキメデスは手を汚さない」読書メモ

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 小峰元「アルキメデスは手を汚さない」講談社文庫 1974年発行 巻末の解説にあるように推理小説としてはそれほどでもないが、 70年代の高校生が計画・実行した復讐計画(前半の計画)は、 2020年のいま読んでもなかなか刺激的。 登場人物の高校生の台詞「(セックスは)お互いの粘膜を刺激し合って楽しんだだけのこと(P221)」に衝撃を受けて「高校生になってこんな事を平然と言えるようになりたいけど、僕にはムリで、これはスクールカースト最上位の一部の男子だけにありえる事なんだろう」と感じていたのは明確に覚えているので、初めて読んだのは多分中2か中3の時。この<お互いの粘膜を刺激し合って>という刺激的な表現以外の事は殆ど何も覚えていなかった。 ※注:スクールカーストという表現は70年代後半には一般的に存在していなかったが、当時 にどのような言葉で思考したか思い出せないので、一番的確な表現として使う 学園紛争で学内に立てこもった大学生や高校生の間で乱交が行われているという風評があった、という更に刺激的な表現(P257)、一切の経験がない中2か中3の僕にとってはトゥーマッチだったのか、全く覚えていなかった。この風評は事実に基づくのかどうかは非常に気になる所。 2つめの話(姉の不倫相手故殺→姉自殺)は動機・展開・証人などもろもろ弱い。 息子が失神させたのを、母親が死んでいると勘違いして殺し直した、という所がキモだと思うのだが、そこにきちんと焦点があっていない印象(主に語り方の問題)。 重要な証人のお年寄り、一瞬しか会っていない、色眼鏡をかけていた若者をはっきり記憶できるものだろうか?(P269) 作家生没年一覧

John Carpenter「ダーク・スター」雑感

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John Carpenter「ダーク・スター」1974年公開 70年代作品らしい緩いテンポ。 バボちゃんのようなエイリアンのくだりはかなり冗長。 CGによるVFXの遙か以前、手作り感あふれる特撮。 乗組員の居室(寝室)は大学の学生寮の雰囲気。 船内コンピューターとの会話、船外作業など「2001年宇宙の旅」の影響如実。 インベーダーゲーム風のSE。 3人とも長髪・髭面なので誰が誰だか判りにくい。 女性はひとりも登場しない。

藤田敏八「妹」雑感

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藤田敏八「妹」1974年公開 Amazon配信中(2020.10.08現在) 初見。 自分が若かった80年代、70年代の普通の邦画(エンタメでもアニメでもない普通の人間ドラマ)は、たまにテレビでやっているのをちらっと見る程度で殆ど積極的には見なかった。立教大学の映画サークルで自主映画を作っていたので、ほぼ義務感で文芸坐で小津や黒澤を観ても、小津はどこが面白いかさっぱり判らず、黒澤は「用心棒」「椿三十郎」などの判りやすいエンタメにはノレたが、「野良犬」だとそうでもない(成瀬はこの時点ではまだ殆ど見ていなかった。成瀬を見始めたのは、恵比寿TSUTAYAにあった小津作品をひととおり見終わった後、91年〜92年頃だったと記憶)。20代前半までの僕の映画リテラシーは、全く持って底が浅く、当時は70年代の普通の邦画に関しては、ロマポも含めて、とにかく画も話もビンボったらしい、という印象(偏見)を強く持っていたようだ。 80年代の僕(10代後半〜20代前半の僕)は、<自分が若いという状態が永遠に続く>という(今から思うとなぜそんな事が可能だったのか全く理解できない)幸福な幻想を持っていて、人生の侘び寂び哀しさなどを描く普通のドラマは基本的に全くノレなかった。 それが一変するのは25歳になった時。 <25は四捨五入すれば30>と思ってしまった瞬間、自分が年を取っていつかは必ず死ぬ、という当たり前の事実が急にリアリティを持って現出して、青春=幸福な幻想の時間は終わり、小津作品の哀しさが強く体感できるようになった(小津の戦後の主要作品の多くは「死」が通奏低音として描かれていると思う、特に「秋刀魚の味」)。 そして今、50代半ばの感覚で「妹」を観ると、ストーリーは正直よく判らないが、当時の光景(子供の頃に見た街並、祖父母の家にあったような家具、など)を眺めるだけで懐かしい気分(2020年の流行り言葉では言えば<エモい>気分?)に浸る頃ができる。80年代にビンボったらしいと感じていた記憶も蘇っては来るが、それよりも懐かしさに浸る快感の方が断然勝る。 引っ越し代を払いたくない女子大生・ひし美ゆり子とその場でいきなりコトに及ぶくだりは、本筋とはほぼ関係がないサービスシーン(24分頃)。公開当時27歳のひし美ゆり子はクロウスアップでなければ充分女子大生に見える程にattractive。ドクターペ...

東陽一「もう頬づえはつかない」雑感

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東陽一 「もう頬づえはつかない」1979年公開 80年代半ば頃にテレビで放送されたのを断片的に見た記憶があり、その時は「なんだか暗い映画だなあ」「桃井かおりのモノマネの原点はこの作品なのかな? 」という程度の印象しか持たなかった気がする。その頃の僕は、70年代の普通の日本映画(つまりSFでもアニメでもエンタメでもない普通の人間が登場する普通のドラマ)にはあまり興味を持っておらず、たまに見ても殆ど何も掴めなかった(小津を見ても「単なるホームドラマ」と感じていた)。 いまAmazonで見ると、ストーリーそのものにはあまり魅かれなかったが、70年代の光景を眺めるだけでも楽しい。外ロケそれなりの尺、セットも作っているアパートの部屋も懐かしいモノを楽しむのに充分な長さ。 奥田瑛二のキャラは、70年安保を引きずっているらしい理屈っぽいインテリの森本レオと対照的なキャラとして設定されるのが王道なのだろうが、ATG的リアルはそんな判りやすい典型には行かず、ジャン・コクトーとリルケの話から察するに別の種類の面倒なインテリな気もするし、一方、吉野家のシーンには、今を生きる普通の若者のムードが前面に出ているようにも感じられる。映画の結末から察するに、どっちを選んでも同じ、という方向性であえてこういう(曖昧な?)キャラに設定している気がしないでもない。 それにしても、70年代はこういう理屈っぽい女好きがそんなにモテたのだろうか? 予備知識なしでこの映画を見た限りでは、普通の女子大生(と描かれているように見える)の桃井かおりが森本レオに激しく恋をしてしまった理由はよく判らなかった。 ラストの桃井かおりの引っ越し(ストップモーションの笑顔)は、70年代的な閉塞的人間関係を脱して新しい風(揺れるカーテン)に乗って<翔んでる女>に生まれ変わる、と解釈したい気もするが、かかっている曲(声も曲調も暗い!)からすると、それを目指してもやっぱり同じような男を好きになって同じような事を繰り返す、という気もしてくる。 高度経済成長で生活は豊かになってはきたが、なんとなく先行き不透明な時代の気分・ムードが、作品全体の通奏低音になっているような気もする。結局35年を経て見た今回もしっかり掴む事はできなかったようだ(冒頭の撮影開始前の現場のお喋り? の意味なんてさっぱり判らない)。 カーキ色のジャケットはこ...

小林信彦&片岡義男「星条旗と青春と」読書メモ

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 小林信彦&片岡義男「星条旗と青春と」 対談本。 1965年10月31日に生まれた僕は、60年代の出来事はほぼ記憶になく、ふたりの感性フィルターを通して語られる、戦後から70年代後半までの様々なモノゴト(特に55年頃〜75年頃)はなんとも新鮮で魅力的に感じられる。もし1940年に生まれて上記20年間を15歳〜35歳として生きたらどのように感じただろう、という想像をめぐられせながら読み進める。 小林信彦が語っている事の殆どは氏の他の著作で語られているエピソードなのだが、こういう話し言葉で読むと新鮮。片岡と意見が真逆の部分(50年代ポップス、MGMミュージカルなど)に関する論争的な展開があっても良かったが、互いに相手を尊重する大人ゆえかそういう展開はなし。基本的に片岡義男はかなり聴き手に徹している。 小林信彦 プロフィール

小林信彦「大統領の密使」読書メモ

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小林信彦「大統領の密使」ちくま文庫 1993年発行(早川書房 1971年) 子供の頃から何度も読み返しているが、いま読み返しても、 深く考えずにラクに読む小説としては、読みやすく、面白い。 小林信彦の小説で一番好きなのはやはりこの手の軽いエンタメ。 ※オヨヨ大統領シリーズ、唐獅子株式会社シリーズ 70年代のディスクジョッキー事情はよく判らないので、 80年代に再読していた時は、主人公は吉田照美を想像して読んでいた。 きのうのジョーが主人公の口笛に昔を想い出して苦しがるくだり(P245〜) 言及される作品はさっぱり判らないが、なんとなく面白い。 僕なら80年代前半のB級アイドルだろうか? 徳丸純子、水野きみこ、横田早苗、吹田明日香あたり。

西沢信孝「マジンガーZ対暗黒大将軍」雑感

西沢信孝「マジンガーZ対暗黒大将軍」Hulu 1974年公開 前作に続いて独特な画角のショット(アオリ、極端な2名配置)。 作画監督・角田紘一、原画・奥山玲子(オープニングロールで筆頭クレジット)。 敵の攻撃を受けてマジンガーZがボロボロになった所にグレート登場、来るんならもっと早く来いw

勝間田具治「マジンガーZ対デビルマン」雑感

勝間田具治「マジンガーZ対デビルマン」Hulu 1973年公開 アニメならいかようにも共演可能なので、仮面ライダーの映画3本に比べればある程度映画になっている。マジンガーZの世界にデビルマンと妖獣軍団が特別出演。ジェットスクランダー初登場。 マジンガーZのBGMは名曲が多い、と改めて思う。 大胆なアオリ構図のショットなどダイナミックな画が多い。 ※手前にAの顔のクロウスアップ、奥にBの全身 作画監督・角田紘一、wikiによると原画・奥山玲子。 マジンガーZ関連音楽の中で一番の名曲でパイルダー出撃(2分頃)。 兜甲児と不動明がバイクで争う(14分頃)。 7歳の時、北海道新聞に掲載された広告を見て、「見たい」と思ったが、結局行かなかった記憶がある。

折田至「五人ライダー対キングダーク」雑感

折田至「五人ライダー対キングダーク」Hulu 1974年公開 オープニングで「仮面ライダーX」の主題歌でライダー5人がバイクで並走(1号、2号、V3、ライダーマン、X)。ライダーマンが乗るバイクだけ普通のバイク。 東京カラカラ作戦の描かれ方は中途半端で何をどうするつもりなのかよく判らない。 怪人たちはなんとなく何度も引き上げる。 旧ライダー登場シーンに旧作の音楽(エンディング曲など)。 キングダークは顔見世程度(肘をついた姿勢から動かない)。 ライダーマンが「俺の名は仮面ライダー4号」と名乗る(10分頃)。 ライダー5人並走シーン、Xのマシンの片方の風車(?)が回転していない(17分頃)。 毎度おなじみ怪人の自己紹介(19分頃)。 オープニングと最後に意味ありげに登場する飛行船は本編では活躍しない。 怪人に拉致される水の江じゅんは目が印象的な美人(キカイダーのヒロイン)。 仮面ライダー作品データ

山田稔「仮面ライダー対じごく大使」雑感

山田稔「仮面ライダー対じごく大使」Hulu 1972公開 上映時間37分。 TVシリーズと同じ主題歌・BGM。 戦闘員がヘッドフォンを付けてヘリコプターを操縦(冒頭)。 ライダー・怪人・戦闘員が楽しく(? )一緒にオフロードツーリング(20分頃)。 ライダーが馬に乗って戦闘員と戦う(26分頃)。 ショッカーの怪人軍団がひとりひとりしっかり自己紹介(26分頃)。 雪の斜面を滑りながら怪人軍団相手に滝が互角(?)に戦う(28分頃)。 オリジナルのじごく大使のメイクに比べれば大杉漣のは全然ナチュラル気味だった。 ヒロインのひとりは高見エミリー(殆ど出番・見所なし)。

山田稔「仮面ライダーV3対デストロン怪人」雑感

山田稔「仮面ライダーV3対デストロン怪人」Hulu 1973年公開 上映時間32分の中編(夏の東映まんがまつり)。 オープニングロールで1号2号V3が並走。 TVシリーズと同じ主題歌・BGMを使用。 7分30秒頃から使われる管が軽快な曲は耳に残る良曲。 ナレーションと台詞でさんざん説明されるが、サタンニウム(今作のマクガフィン)がデストロンの世界征服にどうつながるのか、いまいちよく判らない。高知城に地図を隠すくだりはいくら子供向けでもどうかと思える稚拙な展開w あまりにも唐突な1号2号の登場(25分頃)。1号2号は変身前の姿では登場しない。 ライダーダブルキックからのV3キック(28分頃)。 「仮面ライダーV3」は初めてリアルタイムで見る仮面ライダーとして結構真剣に見ていたのだが、ドクトル・ゲーがTVシリーズでもの「仮面ラーイダ」という言い方をしていたかどうか記憶がない。 当時流行のロングのセンター分けのヒロイン小野ひずる、スタイルは良い。超ミニのワンピース、エピローグのビキニは遠目でほんの一瞬。

神代辰巳「地獄」雑感

神代辰巳「地獄」Hulu 1979年 予算の都合か地獄の描写はいかにもセットでコントのようなルック。 主要登場人物みな怪演、淡々と不気味なのはやはり 岸田今日子 。 ヒロイン原田美枝子は体はすっかり成熟(公開当時21歳)、 後ろ姿の肉感的なヌードを披露する入浴シーンは28分頃。 内容にそぐわないシンセっぽい音楽(57分頃)。 カリオストロの城のような地下の部屋に落とされるシーンはなかなかのびっくり演出(68分頃)。 映画の内容にあっているかどうか判らないがエンドロールの歌はなかなか良い(歌い方が良い)。

工藤栄一「その後の仁義なき戦い」雑感

工藤栄一「その後の仁義なき戦い」Hulu 1979年公開 根津甚八、宇崎竜童、松崎しげるの友情と裏切り。 <仁義なき戦い>を冠しているが深作欣二シリーズとは全く異なるムード、ルック。 叙情的なサックスによるセンチメンタル(音楽・柳ジョージ&レイニーウッド)。 ぼそぼそ語るモノローグ、過去をふりかえるモンタージュ、時間経過モンタージュは、 いずれもオリジナル5部作には多分なかった手法。 サタデーナイトフィーバーなムードのディスコ(10分頃)。 根津甚八とヒロイン原田美枝子(宇崎竜童の妹)が結ばれるシーン、 実際に航行中の船内で撮影されているように見えるショット(24分頃)。 金子信雄、成田三樹夫、松方弘樹、山城新伍出演。 ラスト間際に安居酒屋で根津甚八に話しかけて来る萩原健一は強烈な印象。

「仁義なき戦い」シリーズ(全5作)

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「仁義なき戦い」シリーズ(全5作) 3作目だけ見るつもりが結局全作見てしまった。 なぜか4作目だけNetflixで配信されていないようだ。 過去数回の鑑賞はいすれも最大40インチのTVモニタで大画面(PSVR)では初鑑賞。 大きな画面で見ると殆どのショットが妙な迫力を持っている事がはっきり判る。 1作目のタイトルがドーンと出てくるだけで妙な迫力w 好きな順番は①=③>④>②>⑤ 1作目と3作目は甲乙つけがたい。 人間ドラマとしては3作目だが、1作目のやたらとケンカする妙な勢いも捨てがたい。 ついつい「妙な」という表現を連発してしまうが、面白い映画は、まず第一に、画に何かしらの魅力があるのだが、その面白さは言葉ではうまく説明できない。 この作品を見て何しかしらの「映画的興奮」を感じない人がいたら、その人とは映画に対して求めているモノが根源的な部分で違うのだろう。 菅原文太プロフィール

Netflix「ROMA」雑感

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Netflix「ROMA」雑感 横移動。奥行きがある空間。 クロウスアップは殆ど用いられない。 武道好きのヤリ逃げ男のチンポ完全無修正w 某サイトによると監督のアルフォンソ・キュアロンの半自伝的作品。 兄弟3人のうち誰かがキュアロンだとすれば末っ子? ワンショットに見える海の横移動は実に怖い。 あともう少し右に移動すると死んでしまう。 生と死の境目の儚さ、日常のすぐ隣にある死。 そしてカメラは逆方向に移動してかろうじて生還する。 クルマにひかれそうになる時のカメラの移動方向は左。 左右の移動方向に何か意味があるのかもしれない。 ラストショットのパンアップの動きは多分この作品唯一。 自宅で観ていると2時間を超える映画は本当に長く感じる。 昔ならCINE VIVANT 六本木、今ならイメージフォーラムの地下で観れば、 もっと没頭できたのではないか、と想像。 こういう映画に充分に味わう為には多分物質的・精神的な余裕が必要。 仕事の先行不透明で精神的にふらふらしているいまの僕は芸術にあまり向かないようだ。 映画監督生年月日一覧

雑誌の記憶

雑誌の記憶 一番買っていた時期(90年代前半?)は月20〜30冊は買っていた雑誌、現在はほぼゼロ(今年は映画秘宝を1冊買っただけ) ◯毎号購入 科学(75年頃〜77年頃) 少年ジャンプ(75年頃〜79年頃) 月刊ジャイアンツ(77年前後) スターログ(78年頃〜85年頃) アニメージュ(79年頃〜83年頃) アニメック(79年頃〜83年頃)※途中から月刊? OUT(79年頃〜83年頃) オリコン(81年頃〜85年頃) BOMB(81年頃〜85年頃)※その後も時々購入 週刊プロレス(81年〜84年頃) シティロード(84年〜88年頃) ビッグコミックスピリッツ(85年頃〜08年頃?)※当初は月2回? モーニング(85年頃〜08年頃?)※当初は月2回? ボクシングマガジン(86年頃〜90年頃) ぴあ(84年〜88年頃) TOKYO WALKER(88年〜) サッカーマガジン(91年頃〜03年頃?)※どちらか サッカーダイジェスト(91年頃〜03年頃?)※どちらか アメリカンフットボールマガジン(90年頃〜95年頃?) NUMBER(90年代?) Mac Fan(90年代後半) 週刊文春(96年頃〜05年頃?) footballista(10年前後) キネマ旬報(84年〜86年頃、11年〜12年頃)※月2回 映画秘宝 DIME 日経TRENDY 噂の真相 宝島 sabra ◯時々購入 コロコロコミック 冒険王 ジ・アニメ(79年頃〜83年頃) ふぁんろーど(83年前後?) ◯購入した事がある テレビランド? 小学館の学習雑誌 ロードショー スクリーン SFマガジン 中三コース 週刊プレイボーイ 週刊平凡パンチ 月刊明星 PLAYB0Y PENTHAOUSE ハスラー ふぁんろ〜ど? Momoko アクションカメラ GORO POPEYE HOTDOG BRUTUS CHECKMATE Hanako Tarzan 本の雑誌 AERA 週刊ベースボール SPA! ※ぴあ、シティロードに次ぐ映画情報誌 アングル?