藤田敏八「妹」雑感

藤田敏八「妹」1974年公開
Amazon配信中(2020.10.08現在)

初見。

自分が若かった80年代、70年代の普通の邦画(エンタメでもアニメでもない普通の人間ドラマ)は、たまにテレビでやっているのをちらっと見る程度で殆ど積極的には見なかった。立教大学の映画サークルで自主映画を作っていたので、ほぼ義務感で文芸坐で小津や黒澤を観ても、小津はどこが面白いかさっぱり判らず、黒澤は「用心棒」「椿三十郎」などの判りやすいエンタメにはノレたが、「野良犬」だとそうでもない(成瀬はこの時点ではまだ殆ど見ていなかった。成瀬を見始めたのは、恵比寿TSUTAYAにあった小津作品をひととおり見終わった後、91年〜92年頃だったと記憶)。20代前半までの僕の映画リテラシーは、全く持って底が浅く、当時は70年代の普通の邦画に関しては、ロマポも含めて、とにかく画も話もビンボったらしい、という印象(偏見)を強く持っていたようだ。

80年代の僕(10代後半〜20代前半の僕)は、<自分が若いという状態が永遠に続く>という(今から思うとなぜそんな事が可能だったのか全く理解できない)幸福な幻想を持っていて、人生の侘び寂び哀しさなどを描く普通のドラマは基本的に全くノレなかった。
それが一変するのは25歳になった時。
<25は四捨五入すれば30>と思ってしまった瞬間、自分が年を取っていつかは必ず死ぬ、という当たり前の事実が急にリアリティを持って現出して、青春=幸福な幻想の時間は終わり、小津作品の哀しさが強く体感できるようになった(小津の戦後の主要作品の多くは「死」が通奏低音として描かれていると思う、特に「秋刀魚の味」)。

そして今、50代半ばの感覚で「妹」を観ると、ストーリーは正直よく判らないが、当時の光景(子供の頃に見た街並、祖父母の家にあったような家具、など)を眺めるだけで懐かしい気分(2020年の流行り言葉では言えば<エモい>気分?)に浸る頃ができる。80年代にビンボったらしいと感じていた記憶も蘇っては来るが、それよりも懐かしさに浸る快感の方が断然勝る。

引っ越し代を払いたくない女子大生・ひし美ゆり子とその場でいきなりコトに及ぶくだりは、本筋とはほぼ関係がないサービスシーン(24分頃)。公開当時27歳のひし美ゆり子はクロウスアップでなければ充分女子大生に見える程にattractive。ドクターペッパーの値段は60円。

公開当時20歳の秋吉久美子は角度によっては相当にattractive。風呂から全裸で出てきて下着を付けずに直接デニムのショートパンツを身に付けて(こういう下着省略ファッションが流行っていたのだろうか?)、カメラに正面を向けて長尺で上半身ヌードを披露する(44分頃)。これがフリで兄と妹が一線を越える/越えないという危険な話に展開するかと思ったが、そうはならない。

何度も台詞で言及される妹(秋吉久美子)の夫は最後まで登場しない。
兄の葬式の時に連絡も取れない状況なら捜索願が出ていても不思議ではない。
秋吉久美子が夫を殺してしまったのは本当だった、とも解釈できる。




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