加藤シゲアキ「オルタネード」読書メモ

加藤シゲアキ「オルタネード」新潮社 2020年

週刊誌やSNSで刊行当初から結構話題になっていて、ラジオで宇多丸さんがホメていたので読んでみた(加藤シゲアキ氏の作品は初めて読む)が、アイドルが余技で書いたとはとても思えない、ちゃんとした青春群像小説だった。

青春と人生を桜の花びらにたとえたラスト3行(いま光を浴びている花びらは風でどこか遠くに運ばれてやがて落ちて土に還る)の途中、「土はやがて根に触れるだろう。それが何の根であるかは知る由もない」の部分、なければなくても成立するようにも思えるこの文章で、どこか不気味で不思議な読後感が惹起する。独特な感性。

高校生の悩みと言えば、恋愛・友情・家族・進路と大体相場は決まっていて、3人の主要人物は、各々バランスは異なるが、上記の問題をそれなりに抱えている。定型と言えば定型なストーリーのアクセントになっているのが、特殊設定・高校生専用SNS「オルタネード」。このアイディアは、惜しむべくは、もう一歩、何かしらプラスアルファが欲しかった。例えば、使用派vs否定派の争いに、アナログ世代の僕には想像もできない、デジタル世代ならではの展開を期待したが、そのあたりはあまり深堀りしていく方向ではなかった。

僕のような年齢になると(僕だけかもしれないが)とにかく人物名が覚えられない。エピドードは覚えていられるのだが、それが人物名と一致しない。複雑な推理モノは、昔から人物名と行動をメモしながら読んでいたが、遂にこういう普通の話でも、ある程度の人数が登場する小説はメモを取りながらでないといけない記憶力になってしまったようだ。尚志と豊は、なんとなく勝手なイメージで、豊が関西弁のドラマーで、尚志がボンボンのバスケ&ギタリストな気がしてならなかった。

デジタルガジェットによる近未来の読書は、<人物名クリック>でその時点までの簡単な行動履歴表示、とかになってくれるのだろうか、と夢想。

初登場時には性別が判らない人物が読み進めるうちに女性と判るという人物が2名(笹川先生、ホルンのマコさん)登場するが、これは、昨今のジェンダー的な諸々を考慮した狙いなのだろうか? 個人的には(内面はともかく見た目の)おおまかな年齢や性別が、初登場時に判っていた方が(画が浮かぶので)読み進めやすいのだが。




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